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2007年07月 アーカイブ

2007.07.04. Wed

Befreit(解き放たれた心)


霞のかかったお天気が続いておりますが、皆さまは体調など崩さずお元気でおすごしでしょうか。
今日は今夜と明後日の厚木公演で歌うBefreitという曲について、少しお話しさせて頂ければと思います。
この曲は最愛の人を見送る時の思いが、切々と込められた歌で、私自身は10年以上前からずっと好きで心に深く残っている曲でもあります。




あなたはもう泣かないで、静かに、そっと微笑むようになるでしょう。
そうしたら、旅立ちの時のようにあなたを見つめてキスをしてあげよう。


あなたが設えてくれた、私たちの愛の詰まったこの部屋を、
私はあなたの為に天国(あの世)へと広げました。
あぁ何という幸福!


そのときにはあなたはしっかりと私の両手を握って、
そして私にあなたの魂を残していってください。
子供たちには、私を残しておいてください。


あなたは私にあなたのすべてを贈ってくれました。
私はそれを子供たちに与えましょう。
あぁ何という幸福!


最期の時がもうすぐなのは二人ともわかっています。
私たちは苦しみからお互いを解き放ちました。
だから私はあなたを天国(あの世)へお返しします。


これからあなたは私の夢の中にだけ姿を現し、
そして私を祝福し、そして私と共に涙するでしょう。
あぁ何という幸福!




いつも詩を読むだけでも涙するのですが、このリヒャルト・デーメルの詩に、リヒャルト・シュトラウスがつけた音楽が合わさると、至極の曲となります。
未熟な演奏ですが、すべての最愛の人を亡くした方の為に、心を込めて歌いますので、
内容を思い浮かべながらお聴き頂ければ幸いです。

2007.07.05. Thu

東京オペラシティでのリサイタル 追加公演


皆さまのおかげで2公演とも無事に終えることができました。
昨日も満員のお客様の温かい拍手に助けられて、胸いっぱいのコンサートとなりました。
5日前に同じホールで歌わせて頂いた甲斐もあって、よりホールの響きを楽しむ事も出来ました。皆さまのコメントにあるように、本当に素晴らしいホールです。
お客様も演奏者も幸せにしてくれるのですから!


昨日は所々のどの調子がいつもと違うなぁなどと思って、曲に影響しないようにと、より冷静に、発声を考える場面もありました。なので自分自身は先日の方がのびのびと歌えていたのではと思っていたのですが、両日を聴いてくださった方は、昨日の方が良かったと仰るので、(アージュが見守っていてくれたのかもしれませんが)冷静にジャッジしながら歌えている時の方が、より良い演奏になるのですね。本当に歌は奥が深いです。


昨日のプログラムは前半は(愛と)死がテーマのもので、私の身近にも最愛の人を亡くした方が多くいらっしゃるし、いつも感慨深く、また、歌うたびにもっと深い答えはないものかと、表現探求意欲も湧き上がります。


マタイやヨハネなどバッハの作品は、何の罪も無いイエスが私たちのへの愛の為に亡くなるという、聖書の内容に沿った場面で、キリスト教徒にとってはとても重い内容ですし、Befreitは前述の通りで最愛の人を見送る思いを歌ったもの、4つの最後の歌はシュトラウスが80歳を過ぎて書いた作品で、街や劇場などといった文化遺産が戦争で無惨に破壊され、失望し、そして自分の死を予感した彼がすべてのものの終焉を意識させられる4つの詞をもとに書き上げました。


人生にも四季があり、青春と言われる春、そして活力や夢にあふれる夏は短く感じられる通り、きっとそれが自然の摂理で、必ず長い冬があって、それを耐え忍ぶ力を蓄えるものが、春を味わうことができるようになっているのでしょう。


3曲目の眠りにつく時は「もう私は昼の明るさに疲れ、星の瞬く夜の訪れを心から憧れ求めている。手よ、すべての仕事を捨て、額よ、すべての思考を忘れるのだ。今の私の願いはひたすらまどろみにつく事なのだ。(と歌い世にも美しい間奏が入ります)そうすれば魂は何にも縛られることなく、自由に羽ばたくだろう。(余談ですが、この羽ばたくというfluegen という言葉にシュトラウスがppピアニッシモをつけているところが、神がかって素晴らしいです)、夜の魅惑に溢れた世界を求めて、今までより深く、何千倍も生きるために(もう一つ余談ですが、死んだあとには魂が残り、永遠に生き続けるという考え方があります。この何千倍も深く生きるという言葉が、死というものをただの恐怖ではなく、この先は魂は自由に永遠に生き続けるのだとtief und tausendfach(深く、何千倍も)と長く感動的なフレーズで表現し、zu leben(生きるために)と世にも美しく、そして優しく終わリを告げて、私たちを悟らさせるかのようです)」


死は本当に身近に自身に感じるときにはとても恐ろしく、苦しいものだろうと想像します。
命ある限り、ほとんどの場合は死に直面すると絶望し、もっと生きたいと願い、死ぬ瞬間よりも、死に直面して死を意識している時間というものが辛いのではないかと思われます。


4曲目の夕映えの時は、長い間人生を共に歩んだものの歌です。「私たちは喜びにつけ悲しみにつけ、手に手を取って歩んできた。歩んだ果てに今穏やかな丘の上で休んでいる。既に辺りは暗くなっていた。2羽のひばりがまだ空高く夢見るようにさえずっている(余談ですが、このひばりはこの2人の夢や、希望の象徴でもあると思われます)。さぁこっちへおいで、鳥はそのままにして。間もなく眠りの時が来ても、私たちは孤独の中で、道に迷わずにすむように。あぁ広大で穏やかな平和よ。この深い夕映えに包まれて、こんなにも歩み疲れた私たち、この疲れは死に似てはいないだろうか。」(余談ですが、伴奏のトリルの音がひばりのさえずりを現し、天国から差す光のようにきらきらと輝きます。)
以前に素晴らしいコメントを頂きましたが、この最後の ist dies etwa der Tod(この疲れは死に似てはいないだろうか)の歌い方が、いつもいつも最後の最後までどれが本当の答えなのかと、迷うところです。すべての人たちに感謝を捧げて、安らかに死を受け入れ、そう表現するのか、やはり人は死の恐怖を感じて穏やかになろうと思っても、最後まで苦しむのか。。。。。
私は最近アージュと最後の時を迎えて、もう目も定まらないのに、そんな力も残っているはずがないのに、私の方を一生懸命見ようとして、最後にうなるように、何かを訴えるように逝ったのを見て、命の切れる瞬間というのは肉体的には強い力が現れるものなのだと思い知らされました。命が断ち切られるのですから、そんな簡単なことではないのですね。
そんなことを色々考えて、最後のTodのTを歌いました。
でももし私なら、最後を迎える時、きっと恐怖に押しつぶされそうになっても、私に関わってくださったたくさんの方や、動物を思い起こして感謝を捧げたいと、-odと延ばすところは、そんな思いを乗せようと歌いました。
これからもずっと歌っていきたい、本当に素晴らしい曲です。
歌うたびに試行錯誤しながら、少しずつ発見もあり、進歩し、成長できるように、そして、この曲の本当の答えに近づいて行ければと思っています。
長々と重苦しい内容で失礼いたしました。


プログラムの後半は、この突き詰めた思いを、花火のように舞い上がらせる、華やかな曲を添えました。(ちょっとはしゃぎ過ぎたと自己反省していますが。。。)華やかな楽しい曲も、これからも取り上げますので、今後も応援頂ければ幸いです。
ご来場頂いた皆さま、スタッフの皆さまも含めまして、本当に心から御礼申し上げます。

2007.07.16. Mon

台風と地震


7月では観測史上最大という大きな台風4号が来て、大変な被害に遭われた方は、何てお気の毒なのだろうと思っていたら、今朝は阪神淡路大震災にも匹敵する新潟県中越沖地震が起きて、今のところ342棟が全壊し、7人が亡くなり、902人が怪我をしていると聞き、本当に驚いています。
私は今朝の地震のときには、ちょうど出かける用意をしていたところで、東京は震度3くらいでしたが、マンションの上の方だったのでかなり横揺れして、一瞬は地震とはわからず、自分自身がめまいがして立っていられないのかと思った程でした。しばらくかなり揺れて、あぁ地震なのだと思って、あわてて倒れそうな家具などを安定させて、テレビをつけて事の次第を知りました。
この3月にも能登半島で大きな地震がありましたよね。4ヶ月ほどでこんなにも近いところにまた大きな地震が起こるなんて、被災された地域の方の恐怖や不安はどれほどかと、想像しただけでも胸が痛くなります。
ニュースでは全壊した家の様子や、半壊して家の中の壁が落ち、荷物が散乱しているような映像も流れました。お年寄りがお一人で暮らしている方も多いようで、地震の一瞬の揺れが、精神的にも肉体的にも、人々にどんなに苦痛を与えるものなのかと、改めて思い知らされました。
どうしてこうも立て続けに、天災が起こるのでしょうか。
神様が怒っているのでしょうか?
地震を予知できる研究が進み、少しでも犠牲を減らすことができるようになることを祈るばかりです。
被災された方々が、一日も早く以前の生活へ戻れますようお祈りすると共に、
亡くなられた方に、心よりご冥福をお祈りいたします。

2007.07.17. Tue

レコーディング終了!


金聖響さん指揮、アンサンブル金沢のオーケストラの皆さまと、大好きな宗教曲を4日間たっぷり録音させて頂きました。石川音楽堂のホールも素晴らしい音響ですし、技術スタッフも本当に信頼をおける方達で、温かい皆さんに囲まれて、終わったときにはジーンとくるレコーディングでした。
聖響くんの音楽性とテンポ感は、私が言うまでもありませんが、天才的です!!
オーケストラのクリアなサウンド!この透明感あるハーモニーに本当に聞き惚れてしまいます。そして、今回はソリストのように難曲にお付き合い頂いたフルート、オーボエ、ファゴットの皆さまにも、特に御礼を申し上げたいです。
モーツァルトのモテットや、ハ短調ミサのアリア、バッハのマタイ、ヨハネ受難曲のアリア、ハイドンの天地創造のアリア、フォーレのレクイエム、フランクの天使の糧と、思い入れのある曲ばかりを、マエストロとオーケストラの皆さんに助けられて、今出来るすべてを実現しつつ、録音することができました。
録音されたテイクも聞かせて頂きましたが、技術スタッフの皆さんが使っている高性能なヘッドフォンで聞くと、涙が出そうに美しかったです。今から出来上がりがとても楽しみです!
発売は11月中旬頃になる予定です。どうぞご期待ください!!!

2007.07.20. Fri

元気を頂きました!


おはようございます。今日は東京は久しぶりに青空の見える晴れやかな空が広がっています。
皆さまにはいつも、本当に励まされる温かなメッセージを頂き、感謝しております。
このところ契約のことなど、頭を悩ませられるようなことが多発していたので、こうして皆さまからの温かいコメント(私の歌を聴いて楽しんでくださったり、コンサートを楽しみにしてくださったり)を読ませて頂くと、本当に助けられます。
いつも心温まるメッセージをくださる人生の先輩方、そして最近は、歌を勉強中の学生さんからも多くのコメントを頂き、嬉しい限りです。
学生の皆さんのコメントに、歌についての知識や技術が足りないと感じていたり、歌うことがとても難しくて才能がないと思っていらっしゃるようなコメントを見受けます。私も全く同じことを思っておりましたし、今でも知識や技術をもっと身につけられるようにと努力しているところです。
ヴァイオリンなどの楽器演奏者が、10代で世界的レベルに達するのに対して、歌は世界的に活躍されている方を見ても、ほとんどが30代から50代。声が熟して、オペラなどの内容も本当の意味で把握して演ずるには、長い時間がかかるものだと思っています。
勉強している間には「どうして私はこういう深い声が出ないんだろうとか、CDで聴く演奏のようには歌えないから、私は才能がないのだ」などと思ってしまうかもしれません。
もちろん声というのは、持って生まれた要素にかなり左右されるので、努力だけではどうにもならない壁もあります。
でも私が思うには、声が一人一人違うように、歌もそれぞれの歌があっていいと思うのです。その人が一生懸命努力して、感じた歌を歌うということに意味がある気がします。
例えば受験や、コンクールなど、そのときに集まった何名かの審査員の音楽的趣味を的確に読み取り、受かるために、もしくは良い成績を残すために歌うというのは、かえって難しいように思えます。
それよりも「私はこの歌をこんな風に感じて、こう表現したいんです」「私は歌が大好きで、この曲が大好きです、聴いてくださってありがとうございます」と思って歌う方が、ずっと自分の音楽も自然になるでしょうし、声も伸びやかに歌えると思います。
その結果がたとえ評価されなかったとしても、また他の審査員が聴けば、違った評価を得られるかもしれません。
歌を続けるうちに、色々なハードルを乗り越えたり、一つのことに打ち込むことによって見えてくる、その人なりの宝ものを見つけることが、一番大切なことに思われます。
長くなりましたが、これからも皆さまのコメントお待ちしております!

2007.07.21. Sat

Web担当者より コメントを頂く皆様へ 


平素はブログをご覧頂き、そしてコメントを賜り、御礼申し上げます。
近日皆様から頂いたコメントで、あとから「削除をお願いします」というお申出を頂くことが増えてきましたが、システムの都合上、削除を行う操作画面からは、頂いたコメントの投稿者のお名前と日時のみの表示のみとなっております。
同日に2つ以上のコメントが行われている場合は、内容を確認して削除することができないので、すべてを削除する形となってしまいます。
一度削除いたしますと、貴重なコメントも戻すことは出来ませんので、ご投稿頂く際に、ご考慮頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

心に響く言葉と今日の出来事


以前にシラ書の言葉をご紹介しましたが、今日は新約聖書から2文と、私の大好きなオグ・マンディーノ著の抜粋をご紹介します。


あなたたちは

人からしてもらいたいと思うとおりに

人にもしてあげなさい。(ルカ6・31)

Treat others as you would like people to treat you. (Luke 6.31)



明日のことまで

思い悩む必要はありません。

その日の苦労は

その日だけで十分です。(マタイ6・34)

Don’t worry about tomorrow.

Each day has enough trouble of its own. (Matthew 6.34)





これからの人生、2度と私を困らせない日が2日ある。

1日は、失敗と涙に彩られ、たくさんの具行や敗北を引き連れた昨日。

昨日はわたしの手の届かないところに永遠に過ぎ去ってしまったのです。

もう1日は、落とし穴や脅威や危険が待ちかまえている未知の明日。

明日は私とは一切関係がありません。なぜなら、まだ生まれていないのだから。

自分のすべての努力とエネルギーを注げる今日というこの日のみ、私は神の助けを借りて勝利を収めることが出来るのです!



味方や敵、家族や他人の区別なく、すべての人を自分があがなってもらいたいように扱います。



感情に振り回されずに言動を慎み、愚かにも、人の揚げ足を取ったり、人を侮辱したりすることがないように気をつけます。



どんな高尚な人生にも、どんなみすぼらしい人生にも、人にはわからない苦悩があることを理解し、人の悲しみや葛藤に気を配り、痛みを分かち合います。

人生の報酬は常に私の生き方次第で決まることを肝に銘じて起きます。

仕事や遊びや家事の区別なく、自分に期待されている以上のことをするように心がけます。

最善を尽くす義務だけがあるということを理解し、自分に出来る範囲で最善を尽くします。



忍耐を持ってコツコツ努力すれば、名誉がそう遠くないところに待ち受けているように、あせることなく、
勇敢に進めば、成功に至る道はそう遠くはないことを心に刻み付けます。



より明るい明日を信じ続けます。というのも、大きな音で長時間、門をノックし続ければ、きっと誰かが目覚めてくれるのを知っているからです。



成功がつねに代価を要求すること、また、成功の喜びや報酬とそれを達成するために手放さなければならない貴重な人生の断片とのバランスを上手に取る必要があることを、折にふれて思い出します。



どんなに楽しい成功や幸運よりも自分自身について多くのことを教えてくれる逆境を友として抱きしめます。



失敗はもし起こったとしても、成功への導きに他ならないことを覚えておきます。

あらゆる経験は、過ちを回避するための学習を含んでいるのです。



たとえ少なくても、自分が持っているものに感謝します。



自分の価値を高めるために、時間とエネルギーを注がなければならないことを覚えておきます。

なぜなら、向こうから成功がやってくるのをただ手をこまねいて空しく待っているのは、愚か者だけだからです。

頂上に登りつめる唯一のチャンスは、努力することにあることを私は知っています。



他人にしてもらいことを他人にし、つねに期待されている以上のことをし、目標をしっかり定め、自分の夢を大切に抱き続け、振りかかってくるあらゆる逆境を学びのチャンスとし、すべての義務と愛を持って果たし、
何よりも自分自身であり続けるよう努力します。



オグ・マンディーノ著 「この世で一番の贈り物より」

Og Mandino “The Return of the Ragpicker”





一瞬一瞬を大切にしなさい。

一瞬一瞬が人を一人前にしていきます。



この世で一番重要な資産は情熱です。情熱はお金、力、影響力に勝る財産です。

人に頼ることなく、何かに熱中している人は絶対の自信を持ち、他の多くの人ならとても心躍らせそうにない関心にじっと目を注ぎます。情熱は、敵のとりでを攻撃し、偏見や反対を踏み潰し、怠け心をけとばし、
なだれのようにすべての障害を制圧し、飲み込んでしまいます。

熱中とはまさしく自分の行動に対する信念に他なりません。



毎朝、晴れやかな笑顔で目覚めることが出来ますように。

その日に訪れてくれるチャンスに敬意を払えますように。

清い心で仕事に取り組むことが出来ますように。

小さなことを実行するときにも、究極の目標を心に抱いて、つねに全力を尽くせますように。

唇に笑いを浮かべ、心に愛を持って人と出会うこと。いつも人に優しく、親切で、礼儀正しく出来ますように。



苦しみや、ふとした瞬間に駆られる激情から逃れられますように。

心がある限り、貧者も富者も同じであるということを忘れませんように。

世間が自分の存在に気づいてくれなくても、自分に嫌気をさすような考えを抱いたり、行動をとったりしませんように。

地面から目を上げて、星を見上げるのを忘れませんように。



人を批判する前に、自分のことを振り返れますように。

世の中の騒がしさから離れて、自分の道を静かに歩めますように。

私が、老いたり、病弱になり、夢の城が見えなくなっても、人生に、そして楽しく心地よい時代の懐かしき記憶に感謝すべきことを私に気づかせてください。

たそがれ時にもずっと優しい気持ちでいられますように。



オグ・マンディーノ著 「この世で一番のメッセージ」

Og Mandino “The Greatest Mystery in the World”







読み返すために、何て素敵な言葉なんだろうと思います。皆さまにも気に入って頂ける一文がある良いのですが。長々とお読み頂きありがとうございます。


今日の出来事
車を運転していると、道の真ん中に鳩が2羽いて、車が来ても全く動かなかったので、危うくひきそうになりました。その帰りに車の多い大きな通りで、猫が全速力で走ってきて、私の車の前を横切りました。なんとか急ブレーキをかけて間逃れましたが、こちらも本当に危ないところでした。
3度目の正直にならないようにと、家まで、それはそれは慎重に運転しましたが、間一髪、彼らを救ってくださり、神様に感謝です。

久しぶりにうちの猫のこと


音楽と共に動物が大好きな方から、たくさんのコメントを頂いております。
皆さんのかわいい家族たちのお話を聞くと、たくさんの方が動物を愛し、可愛がってくれているのだとわかり、とても嬉しくなります。
今日は久しぶりにうちの猫をご紹介したいと思います。
うちの一番のちび、ジルくん。彼は私がワシントンでアンナ・ネトレプコと共にジルダを歌っているときに、母が道に一人でいる小さな小さなジルくんに出会い、ご飯をあげるようになって、寒い時期だったのでうちで飼うことになった、元のらちゃんです。
Gil
ちょうど同じ頃にうちで生まれた兄妹が4匹いて、そのお母さんと子供たちと共に育てることにしたのですが、多分ジルくんの本当のお母さんは、ジルくんが本当に小さなときにはぐれてしまったか、毛繕い(猫の特性ともいえますが、自分で自分の毛をなめてきれいにする)が出来ないのです(毛繕いは小さなときにお母さんがしてあげないと、覚えないようです)。
ですから、他の猫たちがさらさらつやつやなのに比べて、ジルくんはちょっとシャンプーが必要です!でもシャンプーもブラッシングも嫌いなので、大騒ぎで逃げられてしまうことが多いのです。。。
気にかかるのは、自分が一番後に来たからなのか、いつも遠慮がちなのです。もっと小さな頃は他の強いお兄ちゃんたちとけんかをしていましたが(耳を立てて、斜めに構えてけんかをするので「ジルくん斜めにならないの!」と良く叱ったものでした)最近はすっかりおとなしくて、ご飯を食べる時もみんなが食べるのを待って、大人になったというか、少し寂しい気もします。
でも私がだっこをすると、小さい頃と変わらず甘えたり、いやだー!と自己主張をしたり、やっぱりちびちゃんだね、とかわいらしいところも見せてくれる我が家の末っ子です。

2007.07.22. Sun

うちの猫のこと2


こんにちは。皆さんは素敵な日曜日をおすごしでしょうか。
今日は我が家の長男2匹をご紹介します。
まずグリちゃん。Grigio(グリージョ)という名前ですが、グリちゃんと呼ばれています。
すごく優しくて、面倒見が良くて、あとから来る猫をみんな、お母さんのように可愛がって育ててあげるので、誰もが慕っています。性格もとっても穏やかで、一度も怒ったり、けんかをしているのを見たことがありません。最近は歯が悪くなってきて、ご飯のお皿から手でちょっとすくっては、口に持って行って食べるのが、何とも面白いです。
grigio
それからグリちゃんの兄弟のカーくん。Calze(カルツェ)(白い靴下をはいているようなので)という名前ですが、カーくんと呼ばれています。
カーくんは小さい時から何でも率先して冒険してみる男の子で、グリちゃんとは全く違う性格でした。実はもう1匹真っ黒のヴィータという猫がいたのですが、その子が外に出たまま帰ってこなくなり、2匹だけの兄弟になってしまいました。
calze
他の猫たちよりずっと先輩なので(5歳くらい上です)カーくんがずっとみんなのリーダーのように強かったのですが、先日亡くなったアージュやアージュの兄弟たちが強くなってきて、今ではすっかりおとなしいカーくんです。でも今でも遊ぶのが大好きで、目をまんまるにして、嬉しそうにはしゃいでいます。
calze1
ず〜っと長生きしてもらいたいかわいい2匹です。

2007.07.31. Tue

退院しました


今日は本格的な夏の日差しが照りつけ、気温も上昇しておりますが、皆さまにはお変わりなくお過ごしでいらっしゃいますでしょうか?
私は初めて定期検診を受けたら、早速(!?)精密検査が必要な箇所があり、先週急に手術をしなければならないことになりました。
全身麻酔での手術も、入院も生まれて初めてのことで一時は心配しておりましたが、無事に手術も終わりました。先生の技術も素晴らしく、術後も全く痛まず、本当に優しい看護婦さんが熱心に看護してくださったので、すっかり元気になったつもりでおりましたが、さすがに現実の世界(!)に戻ると、まだいつも通りとは行かず、ゆっくり焦らず、家でゆっくりしながら秋に備えようと思っています。
手術のために食事の制限があったので、食事ができるという当たり前のことに気づかされたり、たった数日の入院でしたが、病院で過ごす夜の何とも言えない静けさというか、寂しさというか、これがずっと続いて、重い病と闘わなければならないとしたら。。。など、いつもは忘れがちだった、健康の有り難さに気づかされました。
健康な方も、そして病気と闘っていらっしゃる方も、体を大切にされて、素敵な夏を送ってください。
Copyright © Maki Mori

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