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Comment - コメント -(3)
前項のsusumuyako の投稿に
>森さんの声質について、思っていることを述べさせて頂くと、金属光沢のあるきらびやかな声、或いはミラーボールのような眩しく刺激的な声、また攻撃的なこちらをねじ伏せるような強い声……こんな感じを受けるのですが、ファンの皆様はどうでしょうか。<
とありました。
Susumuyako さんがこのように感じられるものも分かるような気がします。 私も、聴いていて部分的にはそのように感じる局面もありますので。 ただ私は、声質という面だけをみても、森さんの歌には もう少し繊細で柔らかいというイメージを大局的には持っています。 それよりも、私が森さんを聴いていて思うのは、その作品(曲)に対する姿勢と楽譜を読み取る能力です。 それは、自分の思ったように作品を解釈するということではなく、今の自分の条件で 如何にしたらその作品の本質を表現できるのか、と言ったような姿勢です。 場合によっては、作品を表現するためには、今の自分の条件(声質など)をも変える必要があるぐらいに。
思うに 音楽って不思議ですよね。 そこで演奏されている音楽は「絶対的」なものなのに、それを聴いている側は 厳密にいえば 誰一人として同じくは感じていない。 人によっては全く正反対の受け方をする場合もある。 それは、音楽という極めて感覚的要素が強いものが、一人一人の心の中に生まれるものだからではないでしょうか。 そういう意味では、指揮者や演奏者の受け止め方を含めても、そこで演奏されている音楽は「絶対的」であるようで 現実的には「そうではない」ということになるのではないでしょうか。 なんだか空しい気もするようですが、私はそれこそが音楽の(特にクラシックの)魅力だと思いますし、そこに無限の可能性を感じるのです。
by 太郎 | 2007年7月21日 10:47
日時: 2007年7月21日 10:47
麻季さん、こんばんは!初めてメールいたします。私は普段からクラッシクばかり聞いていて、私自身もフルートをやっておりました。私も音楽家になるのが夢でしたが、途中であきらめてしまいました。音楽家として身を立てること、舞台に立つことがどれだけ難しいか、私も勉強していたので、わかります。(高校時代からすでに聴き手に回りましたが)
トップランナーや誰ピカでの麻季さんの今までの道のりを拝見し、感動いたしました。
また、麻季さん自身の心の優しさもひしひしと伝わりました。
楽器と違って、声楽の場合は自分が楽器ですよね。楽器を介さず、身体から聴き手に感動を与えられる、すばらしいものですね。
麻季さんの透き通る声、テレビで流れていても、すぐに麻季さんの声とわかるほど聴いています。
これからもその素敵な声で私たちを感動させてください。
あと、猫ちゃんかわいいですね。
by Liebe Musik | 2007年7月21日 21:09
日時: 2007年7月21日 21:09
昨日(11月23日)のNHKテレビ「歌謡チャリーティーコンサート」での歌唱、とりわけ美しい明瞭な日本語の歌唱には感激しました。恥ずかしながら、あなたの存在初めて知りました。これからの音楽鑑賞の楽しみが一つ増えました。ますますのご健闘ご活躍を!!!。
by 緑の森 | 2007年11月24日 17:37
日時: 2007年11月24日 17:37