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2007年8月 アーカイブ

2007.08.03. Fri

ご心配をおかけいたしました


おはようございます。手術と退院のこと、皆さまから本当にたくさんのコメントを頂き、深謝しております。小さな手術でしたのに、かえってご心配をおかけしてしまったようで、申し訳なく思っております。
術後1週間くらいは、ふらふらしたり、頭が痛くなったりしていたので、横になって休むことが多かったですが、やっと普通に過ごせるようになってきました。おなかの中のことだったので、術後に腹筋や背筋など、歌うために体をうまく使えなかったら。。。ということが一番の懸念だったのですが、幸い体に痛みも無く、まだ100%の体力とはいきませんが、声にも影響はなさそうなので、徐々に今秋の椿姫などの勉強を始めようと思っているところです。
心新たに、いっそう気を引き締めて、一生懸命がんばります!!!


頂いたコメントの中に、ご自身も手術をお受けになる、またお受けになったという方からも貴重なお言葉を頂きました。これからお受けになられる方には手術の無事と成功を、そして術後の方には一日も早い全快を心よりお祈りしております。


手術を受ける前や、何か大事なことを目前にして緊張する、ということでお困りの方がいらしたら、私の緊張攻略法をご紹介します。
まずお好きな曲でかまわないので、ゆっくりなテンポのメロディーを頭の中で追ってみてください。(目をつぶって思い浮かべると、さらに集中できます)
呼吸を意識的に長くする(メロディーに合わせて少しずつ、苦しくない程度に、ゆっくりと長く呼吸をする)と心拍数が落ち着いてきます。緊張すると心拍数が上がったり、血圧が上がったりするようですが、平常な状態に近づけることができます。
あとはそれを行うためには、どういう状態でいることがベストなのかを考える。
(例えば、緊張しないでいつも通りにしていた方が良いとか、他に気をつけた方がうまくいくことがあれば、それに集中するようにする)
直前に、現実に起こらない前に心配しても仕方がないことを考えない。
(もしこうなったらどうしようとか、起こらないかもしれない不安を探さない)
緊張してくると、体も固くなってくるので、体を延ばしたり、ほぐしたりするように心がける。
(手の力を抜くだけでも違うので、手のひらを上にして手を一杯に広げる)
あとはスマイル!
すると、気持ちも少しずつ穏やかになって、緊張も和らぎますよ。

2007.08.04. Sat

うちの猫のこと



mignon

今日はミーニョン(アージュの兄妹です)をご紹介します。
本当はとっても甘えん坊さんなのですが、強いお兄ちゃんたちがママや私の近くを陣取っているので、引っ込み思案で、いつもちょっと離れたところからこちらを見つめている、我が家の美人です。「ミーニョン美人ね〜」というと、恥ずかしそうに隠れてしまいます。(猫に美人と言っている私も変ですが。。。)
アージュと全く同じ種類なので、しっぽだけが見えたりすると、ドキッとします。
昨日は動物のための救急医療センターなる立派な病院ができたというニュースも聞いて、アージュもそういうところにいけば、助かったのかしら。。。などと思ってため息をついておりました。
アージュの分も、元気に長生きしてくれればと思っています。

2007.08.05. Sun

おかしな世の中


8月に入って、戦争の残忍な様子を描く番組が、多く見かけられるようになりました。
昨日の夕方には、長崎の原爆で被爆されて、その皮を剥がして手当を受ける、背中全面と腕の裏側が真っ赤に血だらけになり、うつ伏せになったまま、全く動かない少年が放送されていました。
写真もその映像も、原爆が人体に与える影響についてを記録した、アメリカ側の資料に基づくものだそうです。
私はその場面から見たので、どのようにその少年が被爆されたかはわからなかったのですが、強い熱と放射線をまともに浴びて、焼きごてでずっと押されているような激しい痛みが続き「殺してくれ」と叫んでいたそうです。周りの誰もが彼は助からないだろうと思っていたそうです。
その方が被爆から4年の後、退院することができ、職場にも復帰できたそうです。
でもずっとうつ伏せのまま生きなければならなかったために、胸の肉も陥没し、被爆を受けた背中は骨に至る程焼き尽くされ、さらに放射線の影響で細胞も破壊され、皮膚が再生することもないのだそうです。何度も皮膚移植などの手術を試みても、治らないのだそうです。
そして汗腺がないために、暑い時期になると、熱が体内にこもり、背中に熱湯をかけられたような痛みを伴うのだそうです。
原因不明の大きな石灰の固まりと潰瘍が頻繁にでき、それを取り出す手術もずっと受け続けているのだそうです。
そんな苦しみと戦いながら、今も原爆の恐ろしさを伝えるために、各地に講演にいらっしゃるというのです。
背中をいすなどに密着させることができないので、腰と頭だけで体を支えながら、飛行機に乗り、アメリカへも核廃止運動に参加するため、足を運ばれているのです。
「講演などに出かけると『どうか元気で長生きしてください』と言われますが、治ることがないので、死ぬまでこの痛みや苦しみが続くのです」と仰っていました。
とてもショックで、考えさせられる番組でした。


戦争が終わり、原爆の投下から62年という月日が流れても、毎日こうして苦しみ、痛みと戦い続けている方が実際におられるという真実には、本当に驚かされます。その方の声や姿を通して、原爆や戦争の恐ろしさを改めて痛感しました。


私自身も長崎や広島の原爆資料館に何度も足を運んだことがあります。写真や映像など、想像を絶するような、地獄を思わせるような事実がそこにはありました。
原爆投下の経緯や原爆の威力と恐ろしさ、人々が後々までどのように苦しまなければならないかを詳しく知ることができる、貴重な資料館です。日本の人はもちろん、世界中の多くの人に見てもらいたいと思います。
(8月6日と9日だけでも、資料館に来られない人や、戦争や原爆を良く知らない人のためにも、一日中詳しく、その事実を伝える放送をしても良いのではと思っているのは、私だけでしょうか。)
他にも候補地はあったものの、最終的には広島と長崎に投下されたために、戦争と何の関係もないと思われる、たまたまその日、その場所に居合わせたり、暮らしていた市民が犠牲となり、今もなお苦しみと戦っている方が大勢おられます。


ふと疑問に思います。
人を殺すことが罪になることは誰もが知っていて、原爆や戦争が命を奪い、生き残った人にも生涯にわたる病に至らしめている、ということが明らかなのに、
『戦争』の名の下には、犠牲者がただ苦しむのみで、責任も追及できないのはなぜなのでしょうか。
62年の間には目覚ましい医学の進歩もあったでしょうから、被爆治療などのためにアメリカや日本など、最先端の医療を駆使して、国のプロジェクトとして研究を重ね、彼らを治す努力が行われていない(?)のは、なぜなのでしょうか。
そして、これだけの事実を持ってしても、現在も『戦争』があり、核を保有する国があり、自国の利益のために手放せず、核兵器も作り続けられているというのは、人は愚かで、過去の失敗から学習する能力がないという証明なのでしょうか。
残念ながら、実際に被爆をしない限り、その脅威は伝わらないということなのでしょうか。




もう一つ、昨晩はゾウのはな子(かわいそうな象)の話が放映されていました。
皆さんも良くご存知だと思いますが、戦争で動物園にいる猛獣たちが檻から出て人を襲わないように、と飼育員の方達が命令を受けて殺さなければならなかった悲しいお話です。
一部の放送を見ましたが、ライオンに最後の食事と毒を盛ったが、30分経ってももがき苦しむだけで死に至らず、45分経ったところで飼育員が槍で心臓を突いて殺さなければならなかったとか、トラは毒のえさを食べないので、飼育員たちが4−5人で首を絞めて殺さなければならなかったとか、それだけでも、とても一晩で最後まで見続ける勇気がなく、録画しました。明日から少しずつでも、勇気を持って悲しい真実を見ていきたいと思っています。


人間を楽しませるために、自由を奪われ、檻に入れられ、今度は人間の勝手な都合で殺されなければならなかった彼らに、一体何の罪があるのでしょう。
もし空襲などが来て、檻から出たとしても、人を襲わずに、ただ逃げるだけだったかもしれないのに。
そして毎日彼らの世話をして、家族のように大切に思って育てている飼育員たちが、どうして彼らを殺さなければいけなかったのでしょうか。


以前に、やはりテレビで放送されていましたが、戦争中に犬も殺さなければいけないという命令が出て、町中の人が飼っていた犬を役人に引き渡し、主人公の家の犬だけが残った状態になりました。
その家族は配給を止められても、犬は殺させないと、犬を隠していましたが、近所の人の通報で隠し通せず、泣きながら犬を殺すところへ持って行きます。
役人は子供の目の前で犬を叩き、殺そうとしましたが、重傷を負いながらもその犬は逃げ出しました。
何日かたって、主人公が泣いていると、玄関に聞き慣れた声がして、行ってみると、その犬が家にたどり着き、力果てて死んでいるのを見つけました。
そしてその1週間後に終戦となり、その犬もまた、何の罪も無く、何の意味も無く死ななければならなかったという悲しいお話です。


『戦争』の名の下に狂ってしまう人間。
命を奪うことも正当化され、命令されるという恐ろしい現実。
そんなおかしな世の中が、平和と命を大切にする世の中へ変わってくれることを祈っています。

2007.08.11. Sat

皆さまのご意見を頂いて


残暑お見舞い申し上げます。
立秋とは名ばかりで、ますます猛暑が続いておりますが、皆さまにはお変わりなくお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。


私が「おかしな世の中」として取り上げた話題には、たくさんの素晴らしいコメントを頂き、感謝しております。とても詳しく教えてくださったコメントや、中学生の立派なご意見も心強く、とても嬉しく拝読いたしました。
私自身、まだまだ戦争について知らないことばかりで、皆さまの有り難いコメントで勉強させて頂きました。改めて御礼を申し上げます。


今週もまた、戦争や原爆についての番組や映画などをたくさん見ることができましたが、先日放送されていた硫黄島から奇跡的に帰られた方達の話も、本当に衝撃的な、惨い話でした。この番組を見る前に「硫黄島からの手紙」という映画を見る機会もありましたが、こういった映画や番組を見るまでこのような恐ろしい事実があったことも、恥ずかしながら、良く知らないでおりました。


それまで何の訓練も受けていなかった少年たちまでもが、生き地獄ともいえる戦争に駆り出され、彼らは敵陣に対し極端に少数で、武器も攻撃力も弱かったために、島に迷路のように地下道を手作業で掘って張り巡らし、地下の中から攻撃を続けたそうです。
いよいよ武器も使い果たし、アメリカ側から降伏するように求められても、捕虜になることは恥ずべきことで、ましてや敵が自分たちを助けてくれるはずもないと信じ、教育されていた彼らはどんなに追いつめられても、自分から出て行くことはなかったのだそうです。また、出て行こうとすると後ろから撃ち殺す上官がいたのだそうです。


「マインドコントロール」という言葉がありますが、敵を人とも思わず、殺すことも正当化され、正しい、人間としての思想を封じ、その状況から誰も逃れられないように、同じ日本人同士でも殺し合うというのは、マインドコントロールの最たるものだと思わざるを得ません。


一方アメリカ軍は、なぜ命を助けてやろうといっているのに、出てこないのか理解できず、もう武器も持たず、無力な日本軍を殺したくもなかったので、煙を入れてあぶり出すなど、中にいる人たちを外に出す作戦を考えました。それでも出てこない日本軍に対し、捕虜にならないのなら、殺すようにと命令が下され、海水を流し込み、ガソリンを入れて火をつけたのだそうです。中にいた日本軍はあっという間に全身が焼けただれて、皮膚がぶら下がったような状態になったそうです。
そんな状態になっても、まだ中で生き残って、外に出られずにいた日本軍は20日以上も飲まず食わずで、40度以上の真っ暗闇な地下の中で、たくさんの遺体が腐敗した中に隠れ、自分の傷なども腐敗していく痛みと恐怖に耐えながら、草1本ない地下の中で、灰を食べていたそうです。
たくさんの仲間が目の前で死に、苦しむ仲間を自らの手で殺し、そんな悲惨な体験が、今なお夜になると思い出されて、恐ろしくて眠れないと、涙ながらに語っていらっしゃいました。
一番悲しくて、苦しいのは、何のために地獄の戦いを強いられて、たくさんの尊い命が奪われなければならなかったか。。。無意味だったと思わずにはいられないことだそうです。


戦争の話は、聞けば聞く程その悲惨さと、信じられないような惨い光景が胸に突き刺さります。




昨日は原爆に対して、アメリカに責任を求めるかどうかを討論する番組を見ました。
この番組には日本人だけでなく、アメリカ人や中国人も参加していました。
中国の方が「原爆は戦争の歴史の中の1ページにすぎなく、日本人は中国に対して、原爆の比にならない程の命を奪ったのですよ」と指摘しました。私を含めて、今の若い人たちにはあまり知られておりませんが、日本が侵した他国に対する惨い戦争も忘れてはなりません。


それに対して被爆された方が「でも、原爆は62年経った今なお被爆者の体を蝕み続けています。私たちも始めはアメリカを恨みましたが、それは意味をなさないことです。原爆を作り、投下を命令した一部の上層部が悪いのであって、一般市民を恨んでも仕方がないのです。今大切なことは、この悲惨な原爆を、繰り返さないこと、そして被爆した私たちが、世界に向けて核兵器を廃絶するように訴えていくことだ」と仰っていました。


全てが悲惨で、命令や、それぞれの立場のもとに、心も理性も狂わされる戦争。
今までの惨い戦争を良く知り、理解して、憎しみ合いや、戦いの連鎖を起こすのではなく、もう悲しみを繰り返さないと思うことが大切なのだと実感しました。
たくさんの方が犠牲になった歴史があったからこそ、今私たちがこうして、平穏な暮らしができることを重く受け止め、平和に心から感謝しつつ。


2007.08.12. Sun

花火と「ぼくを探しに」


昨晩は久しぶりに花火をみました。家から見えたのでとてもラッキーでしたが、素晴らしくて、美して、近くの人たちも歓声を上げていました。
花火もみるたびに進化して、より感動を与えるような美しさが増して、色も、形もデザインも工夫が凝らされて、すごいなぁとつくづく思います。
美しさと儚さの両面を持った夏の風物詩が、平和のシンボルとなりますように。


話は変わりますが、以前に「スランプをどうやって乗り切るか」という質問を頂きました。
もうその方のスランプは、ご自身の力で乗り越えられてしまったかもしれませんが、素敵な本があるのでご紹介いたします。


シェル・シルヴァスタイン(Shel Silverstein)著の「ぼくを捜しに」という本です。
簡単に内容をご紹介しますと「ぼく」はボールのような形で一部が欠けているので、うまく転がれません。長い間ころころと転がれる、完全な形ともいうべき球状になれることを夢見ていました。そこで自分の欠けている部分にぴったりはまる「かけら」を探す旅に出ます。
色々なかけらを試しますが、なかなかぴったりなものに出会えません。
ある日やっとぴったりのかけらに出会いました!
早速試してみると、ころころと早く転がれるようになりました。
とても嬉しいけれど、もう花を眺めたり、鳥とお話ししたりすることもできませんでした。
ただころころと駆け下りるばかり。ゴロゴロ、ゴロゴロと転がって。。。
そのぴったり合ったかけらを手放すことにしました。
そして、もとの通りゆっくり転がれるようになり、花や、鳥ともお話しできるようになりました。


この本はとてもシンプルなので、小さな子供でも読むことができますが、内容はとても深いものを含んでいます。この球状の完全な形は、その人の憧れている様を表し、読む人それぞれの色々なケースに当てはめることができます。


例えば、歌を勉強している人がいて、スターになることを夢見ています。一生懸命努力して、ついには脚光を浴びるようになります。でも(完全な形)有名になったとたんに次から次へとただ仕事をこなすだけの毎日となり、それまでこだわりを持って、時間をかけて勉強していたことも実現できず、自分の歌いたい歌も歌えないかもしれません。スターの名ばかりが一人歩きして、こんなはずではなかったと思うかもしれません。友達と会う時間も、趣味を楽しむ時間も、家族と過ごす時間も全くなくなり、移動と仕事のみの人生になり、頂点に登ったためにあとは落ちるばかりで(ころころと早く転がり落ちる)やめたいと思うかもしれません。


自分では平凡でつまらないと思っているような人生が、実は尊くて有り難いものだ、ということを失ってから気づくとも解釈できます。


色々な解釈ができますが、スランプのときには、そのスランプがあるから気づけることもあり、うまくいかない時があるから、努力して成長することができるとも解釈できます。


特に歌は、自身の体と心の成長と共に大きく成長していきます。
うまく歌えない時は、発声などを見直すチャンスともとれますし、うまく歌えないと思って立ち止まることは、間違った歌い方を続けて声をだめにすることを回避しているともとれます。
有名なアリアなどばかりでなく、つまらなく思えるかもしれませんが、コンコーネ、マルケージ、パノフカ、ボルドーニなど素晴らしい教則本もたくさん出ているので、基礎をもう一度勉強してみることも、決して無駄ではないと思います。


もう一冊、シェル・シルヴァスタイン著の「大きな木」(The Giving Tree)もお勧めです。
私は中学の英語の授業でこの本に出会いましたが、簡単な英語なので、オリジナルで読むのも素敵です。

2007.08.13. Mon

木鶏


このところ「横綱」の話がテレビで報道されることが多くなり、その放送の中に「木鶏」という興味深い言葉が出て来たのでご紹介します。


Wikipediaによりますと、木鶏(もっけい)とは、荘子に収められている故事に由来する言葉で、木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさすことだそうです。
故事では紀悄子(きせいし)という鶏を育てる名人が登場し、王からの質問に答える形で最強の鶏について説明します。


紀悄子に鶏を預けた王は、10日ほど経過した時点で仕上がり具合について質問すると『まだ空威張りして闘争心があるからいけません』 と答える。


更に10日ほど経過して再度王が質問すると『まだいけません。他の闘鶏の声や姿を見ただけでいきり立ってしまいます』と答える。


更に10日経過したが『目を怒らせて己の強さを誇示しているから話になりません』と答える。


さらに10日経過して王が質問すると『もう良いでしょう。他の闘鶏が鳴いても、全く相手にしません。まるで木鶏のように泰然自若(たいぜんじじゃく:落ち着いていて物事に動じない様子)としています。その徳の前に、かなう闘鶏はいないでしょう』 と答えたそうです。


上記の故事で荘子は道に則した人物の隠喩として木鶏を描いており、真人(道を体得した人物)は他者に惑わされること無く、鎮座しているだけで衆人の範となることを表すのだそうです。


木鶏という言葉はスポーツ選手に使用されることが多く、特に日本の格闘技(相撲・剣道・柔道)選手が好んで使用されるそうで、横綱の双葉山がこの言葉を好んだことは有名なのだそうです。


木鶏の教訓を取り入りて、余計な闘争心を捨て、いきり立つこと無く、自分の強さを誇示せず、他人に左右されない境地にたどり着ければ、スランプに陥ることも無く、素晴らしい歌を歌うことができるのでしょうね。

2007.08.20. Mon

お誕生日と24時間テレビ


昨日は、お誕生日のお祝いを頂き、ありがとうございます!
先ほど書き込みを拝読しておりましたら、8月19日へ日付が変わったところや、8/19にちなんで8時19分にご投稿して頂いたりと、温かいメッセージのみならず、皆さまのこだわりも一緒に伝わって、とても嬉しく存じます。

お誕生日が待ち遠しい!という年齢でもありませんが、節目として大切な一日であるのは確かですね。
昨年はちょうど2作目のアルバムのジャケット撮影をしていて、朝からずっとスタジオにつめておりました。このホームページの写真は全てその時のものです。1作目からお世話になっているカメラマンの堀さんとヘアメイクの合田さんの息の合った、神業とも言うべき技のおかげで、とても思い出深い、素敵な写真を撮ることができました。

その前の年は、スイスのアーデルボーデンというところに行って、生まれて初めてヴァカンスと言えるような素敵な滞在をしました。
普段、コンサートのためなど移動が多いので、休みの日はなるべく家にいたいという出不精なのですが、この時はとても涼しい、山の麓にあるホテルで泳いだり、山を散歩したり、何より食事がとてもおいしくて、ホテルの人たちもとても優しくて、今思い出してもまた行きたいなぁと思っております。

今年は東京におりましたが、素敵な番組が放送されていましたね。
きっとご覧になった方も大勢いらっしゃると思いますが、大好きな「24時間テレビ」がちょうど自分のお誕生日に放送されて、なんだか嬉しくなりました。
たくさんの病気や、障害を持った方のがんばる姿に涙し、励まされて見ておりましたが、萩本欽一さん(欽ちゃん)のマラソンは、本当に素晴らしかったですね。
この猛暑の中、ただ外にいるだけでも大変なのに、70キロという長い道のりをファンの方の声援に一つ一つ答えながら走る姿は、日本中の人に感動と勇気を与えたのではないでしょうか。
足を痛めながら、辛さや苦しさを一生懸命こらえて、何度も座り込みながらもまた立ち上がり、ただひたすらゴールを目指す姿は「諦めないでがんばれば、ゴールにたどり着く」ということを、見る人全ての心に訴えかけるようでした。
ゴールされてから「ただ走っただけで、こんなにみんなに喜んでもらえて、本当に幸せ者だよな」と仰っていたのが、さらに印象的でした。偉業を成し遂げる方の言葉は、いつも謙虚ですね。深い感動を与えて頂き、ありがとうございました。どうぞご自愛頂けますように。

2007.08.31. Fri

秋の気配


残暑お見舞い申し上げます。
ずっと続いていた酷暑も、少しずつ和らいできましたね。
皆さまはお元気でいらっしゃいますか?
ブログの方もすっかりご無沙汰をして、申し訳ありませんでした。
このところ術後のぶり返し(?)もしくは、この夏の暑さの疲れ(?)がでたのか、体調が優れずにおりましたが、今日で8月も終わり!ということもあり、小学生がたまった宿題を片付けるように、来月の「椿姫」公演に向けて、最後の追い込みをかけているところです。


「椿姫」は数あるオペラの中でも特に有名な作品で、オペラをご覧になったことのない方でもお耳馴染みの部分が多いオペラです。始まりから終わりまで聴く人を飽きさせないところが大きな魅力とも言えますが、ヴィオレッタに関して言えば、一つの役を通して、こんなにも表情豊かで、女性としての様々な心情を歌える役というのも大きな魅力で、楽しみであり、またとても難しいところです。
勉強すればするほど、ヴィオレッタのメロディーや歌詞に魅了されて、本当に大役ですが、これからもゆっくりと自分の成長と共に温めていきたい役だと思っています。


ちょうど金沢公演にあたる9月16日は、マリア・カラスの30回忌の日にあたるそうで、マリア・カラスと言えば、歌い手のみならず、オペラファンすべての永遠の憧れとも言える方です。その方の特別な日に歌えるということは、光栄なことですし、私自身もカラスの録音や、文献などで色々勉強して来て、とても尊敬している方なので、彼女が残したベルカント(美しい歌唱法)や、類い稀なる表現力を見習いながら、少しでも実現できるように、精一杯がんばりたいと思っています。


数日前には次作CDのジャケット撮影も無事に終え(まだどのような写真に出来上がっているのか見てないのですが)こちらも楽しみにしていてくださいね。


秋からはまた様々なクラシックやオペラの公演が目白押しですね。
皆さまにも素敵な秋が訪れますように!!

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