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花火と「ぼくを探しに」


昨晩は久しぶりに花火をみました。家から見えたのでとてもラッキーでしたが、素晴らしくて、美して、近くの人たちも歓声を上げていました。
花火もみるたびに進化して、より感動を与えるような美しさが増して、色も、形もデザインも工夫が凝らされて、すごいなぁとつくづく思います。
美しさと儚さの両面を持った夏の風物詩が、平和のシンボルとなりますように。


話は変わりますが、以前に「スランプをどうやって乗り切るか」という質問を頂きました。
もうその方のスランプは、ご自身の力で乗り越えられてしまったかもしれませんが、素敵な本があるのでご紹介いたします。


シェル・シルヴァスタイン(Shel Silverstein)著の「ぼくを捜しに」という本です。
簡単に内容をご紹介しますと「ぼく」はボールのような形で一部が欠けているので、うまく転がれません。長い間ころころと転がれる、完全な形ともいうべき球状になれることを夢見ていました。そこで自分の欠けている部分にぴったりはまる「かけら」を探す旅に出ます。
色々なかけらを試しますが、なかなかぴったりなものに出会えません。
ある日やっとぴったりのかけらに出会いました!
早速試してみると、ころころと早く転がれるようになりました。
とても嬉しいけれど、もう花を眺めたり、鳥とお話ししたりすることもできませんでした。
ただころころと駆け下りるばかり。ゴロゴロ、ゴロゴロと転がって。。。
そのぴったり合ったかけらを手放すことにしました。
そして、もとの通りゆっくり転がれるようになり、花や、鳥ともお話しできるようになりました。


この本はとてもシンプルなので、小さな子供でも読むことができますが、内容はとても深いものを含んでいます。この球状の完全な形は、その人の憧れている様を表し、読む人それぞれの色々なケースに当てはめることができます。


例えば、歌を勉強している人がいて、スターになることを夢見ています。一生懸命努力して、ついには脚光を浴びるようになります。でも(完全な形)有名になったとたんに次から次へとただ仕事をこなすだけの毎日となり、それまでこだわりを持って、時間をかけて勉強していたことも実現できず、自分の歌いたい歌も歌えないかもしれません。スターの名ばかりが一人歩きして、こんなはずではなかったと思うかもしれません。友達と会う時間も、趣味を楽しむ時間も、家族と過ごす時間も全くなくなり、移動と仕事のみの人生になり、頂点に登ったためにあとは落ちるばかりで(ころころと早く転がり落ちる)やめたいと思うかもしれません。


自分では平凡でつまらないと思っているような人生が、実は尊くて有り難いものだ、ということを失ってから気づくとも解釈できます。


色々な解釈ができますが、スランプのときには、そのスランプがあるから気づけることもあり、うまくいかない時があるから、努力して成長することができるとも解釈できます。


特に歌は、自身の体と心の成長と共に大きく成長していきます。
うまく歌えない時は、発声などを見直すチャンスともとれますし、うまく歌えないと思って立ち止まることは、間違った歌い方を続けて声をだめにすることを回避しているともとれます。
有名なアリアなどばかりでなく、つまらなく思えるかもしれませんが、コンコーネ、マルケージ、パノフカ、ボルドーニなど素晴らしい教則本もたくさん出ているので、基礎をもう一度勉強してみることも、決して無駄ではないと思います。


もう一冊、シェル・シルヴァスタイン著の「大きな木」(The Giving Tree)もお勧めです。
私は中学の英語の授業でこの本に出会いましたが、簡単な英語なので、オリジナルで読むのも素敵です。

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Comment - コメント -(7)

太郎:

「ぼくを捜しに」…… 素敵な話ですね。 この世に「完全」など無いのだと思いますし、「完全」という幻想を抱いている限り 平穏な心は宿らないのでしょう。
確か、森さんがNHKの番組に出演された際、イタリア留学での挫折感から暫く落ち込んだ時、もう一度自分を見つめ直し「私の歌を聴いてくれる方がいればそれでいい」というような心境を話されていたと記憶しています。 イタリア式のドラマティックな歌い方に固執するのではなく、自分の「歌」を表現しようと、ある意味 悟りの境地に達したのだと思います。
上手くいかない時でも、人は気持ちの持ち様によって 必ずより良き方向へ進んでくれると信じています。

アイガーマン:

麻季さん、ここのところ、麻季さんを、麻希さんとしたまま
投稿していた事、どうかお許し下さい。


★花火について
スイス、グリンデルワルトの建国祭の花火、
日本の、何万発も打ち上げる花火と比べると、
迫力という点では、全くかないませぬが、
うっすらと見えるアイガー〈山〉を背に、
クラシック音楽や、映画音楽に合わせて放たれる花火は、
なかなか勇壮であります!


いつか、見に行ってみて下さい!


★〈ぼくを探しに〉について


麻季さんは、立ち技最強を決める格闘技、K-1をご存知ですか?
K-1の選手で、ジェロム·レ·バンナという選手がいます。
このバンナ選手は、パーフェクトな選手ではありませぬが、
Mr.パーフェクトと呼ばれる
アーネスト·ホースト選手を打ち破りました!


完璧ではない男が、完璧な男を打ち倒す!


完璧が、完璧ともかぎらないのかもしれませんね。

鶴岡:

こんにちは!

この間はネコちゃんのことについてのところでコメントさせていただきました。

『ぼくをさがしに』という本、素敵ですね!
私も読んでみたいです。

私は今、受験生ということもあり、夏休みに入る前に色々な事を考えすぎ、不安になってしまい、スランプだったのでしょうか…歌うことが辛くなってしまいました。

学校の歌の先生にも、歌はもちろん、私の音楽に対する気持ちについても、批判をいただくばかりで、とても落ち込んでおりました。
(森さんは受験の時などにスランプのようなことはあったのでしょうか?(>_

でも、『これから大事な夏休みだし、このスランプを抜け出さなくては!!』
と思い、まずは初心にかえって、心の中を真っ白な状態にしようと思いました。
そして、森さんが前におっしゃっていた『私ならこの曲をこう演奏したい、こう表現したい』という言葉を思いだし、『そうだ!私らしい音楽を、歌を、見つけよう♪歌おう♪』と思いましたら、何かとても気持ちが楽になり、他人に色々厳しいことを言われても、前よりは深く悩み落ち込むことも減ったような気がします。

森さんのお言葉のお陰だと思っております。ありがとうございます。
スラ�

わし:

わしと申します。
またまた麻季さんから、いいお話を聞かせていただきました。シルヴァスタインさんという名も初めてうかがいましたが、中学の英語の教科書にそんな心に残る話が載っていましたか。もっとも、これは学ぶ人の姿勢にもよるのでしょう。麻季さんは、単に英語を学んだのではなく、英語によって記された人生の重要な何物かをそこから学び取ったということなのでしょう。毎度申し上げることですが、その深みこそ、麻季さんの歌の深みの源泉なのだと思います。敬意を表します。
「ぼくを捜しに」、ホンワカとした説得力に満ちた、心温まる寓話です。古来、満つるは欠くるの始まりと云ってみたり、月はくまなきをのみ見るものかわと云ってみたり、およそ完全、100%、非の打ち所なしというのは、却ってよろしくないとしたものです。
人間たるもの、その本質において不完全、不十分、不徹底、不満足な存在であり、そこに向上への契機が生ずる。そして向上を目指す努力のうちにこそ、人間の最も美しい営為が見出される。
思えば小生も欠けている部分だらけ、家内とふたりで、よくもまあこんなに欠点だらけなもんだと笑います。それでも、ここまで五十数年生きて来ました。欠けてる部分を埋める努力をあきらめるつもりもありませんが、今更あまり無理をするのも少しアホらしいなという気分にもなっています。その按配が微妙です。だから人生は面白いんですね。

Liebe Musik:

Guten Tag!
麻季さん、今日も暑いですね。
私はスイカで納涼です。今年はスイカばかり食べて、周りにはカブトムシみたいといわれています。
「ぼくを探しに」、いい本ですね。ぜひ一度お目にかかりたいです。
昔トップランナーで海外留学時代は行き先のわからない満員電車に乗ってるかのようだとおっしゃっておりましたね。とても印象的でした。
麻季さんのような世界的な声楽家の方にこんな質問をしては申し訳ありませんが、本番前は緊張されますか?頭の中が真っ白になったことはございますか?
私は高校時代にオケに入っていましたが、本番当日はほとんど放心状態で、楽器が汗でつかめないほどでした。おまけに、譜面をめくる際に譜面を落としてまうなど、ひどい目にあってしまいました。不運にもペールギュントの朝でした。


私の親戚も無事手術が終わり落ち着きました。暑いので、身体に気をつけましょうね。
Wiedersehen!

PIGRA:

森 麻季さま
『ぼくを探しに』『大きな木』久しぶりにタイトルを聞きました。
もう二十年近くも前になりますが、私の誕生日に友人が『ぼくを探しに』をプレゼントしてくれました。友人は『絵本だけど、哲学が込められている気がする。』と言っていたのですが、残念ながら当時の私は感性鈍く、大人のワタクシに何故絵本?と訝りながら、10分もせずにあっさり読みきってしまい、『?ナンじゃこりゃ』という感じでした。挿絵も子供の描いたようで…

その翌年、同じ友人が『大きな木』をプレゼントしてくれました。『去年のよりは解りやすいかも』と言い添えて。
こちらは私の感性にピッタリと合い(?)読んでしみじみと感じるものがあり、何度も読み返しました。
それからまた『ぼくを探しに』を読み、その中に込められた『哲学』の一端をその時にやっと感じ取れた気がしました。素敵な本を贈ってくれた友人に感謝すると共に、学生時代を懐かしく思い出しました。またあの絵本を読み返したい気分になりました。

本当に、物事はその捉え方が大切と言うか、考え方によって違ってくるものだと思います。私は、悪い癖で、すぐにマイナス思考に陥ったり、周囲が自分より成功しているように見えたりして不安になったりしてしまいます。他人と比べても仕方がないと解ってはいるつもりでも。
そんな悶々とした気分のある日、我が家の玄関にある、飾り板の文言がふと目に付きました。『幸せは気付いてみたら今がそう』


落ち込んだり、マイナス思考になってしまうのは、自分の思考回路に起因する事が大で、今ある幸せに気付く事が大切だと思うようにしています。


毎日ほんとうに暑い日が続きます。森さんはお盆はお休みされていますか?オペラ歌手とお盆…あまりイメージが重なりませんが…
健康な身でもこの暑さは堪えます。森さんは手術をされたと言う事ですので、どうぞご自愛下さい。

追伸:このブログで森さんは、戦争や原爆の話題を取り上げられていましたが、人間の持つ様々な面の一つとして、それらについて考える事は大切だと思います。
音楽には、心を浄化する働きがあるそうですので、森さんが心の中にそれらについての思いを抱いて歌われたなら、きっと沢山の魂が救われるのではないでしょうか。
素人の私が申し上げるのは生意気なようですが…。
戦争についても、原爆についても、その教訓を忘れないようにする、考え続けるという事が、後世を生きる者の一つの義務であると思います。

長文・乱文で失礼致しました。

maya:

お返事遅くなってしまいました。すみません。
『ぼくを探しに』『大きな木』早速、図書館に行き、原書と両方借りてきました。素敵な本ですね…☆
家に帰ってじっくり読んだところ、なぜか気持ちがやさしくなった…楽になった…そんな気がします。
麻季さんからこのようなアドバイスを頂けたことだけで本当に嬉しかったですし、さらに素敵な本まで紹介して頂けるなんて…本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。スランプになったからこそ気が付ける事が絶対ありますよね。スランプに入ってしまったからといって、気持ちをマイナスにせず、ゆっくり自分と向き合う時間や、基礎練習をする時間をたっぷりとっていけるようにしたいと思います。スランプは自分を成長させる第一歩と思い、これからも頑張って練習していきます!!
麻季さん、本当にありがとうございました。感謝しています。

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