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2008年06月 アーカイブ

2008.06.01. Sun

うちの猫のこと


おはようございます。今日は久しぶりに晴れやかな青空で、とても気分のいい日曜日です。
中にはご心配頂いておられた方もあり、大変申し訳ありませんでしたが、ブログの更新がずっと遅れてしまったのには少し訳がありまして。。。
まずひとつは、家で飼っている猫のデルフィが、昨年天国へ逝ってしまったアージュやジルくんと同じ腎臓病で、ずっと看病をしているのです。腎臓の病気は進行を遅らせることは出来ても、治すことの出来ないもので、心配しながら看病しております。私がそばにいて声をかけてあげたり、なでてあげたりすればご飯もなんとか食べるのですが、ひとりではご飯も食べないようで、このところ体重も減ったり、血液検査などの数値も上がっていたりと、ちょっと心配が重なっておりました。
もうひとつは赤ちゃんのために、より健康的な(?)毎日を過ごさなければならなくなったこと。今までは夜かなり遅くまで起きてブログも更新できましたし、お料理や体作りも自分のペースでしたが、今は出来るだけ胎児に良いこと、母体として心がけることなどを率先していると、なかなかブログに集中できないことも理由でした。
もうひとつは、このブログは歌手として、歌のことを中心に皆さまに日頃感じることをお伝えしたいと思っているのに、猫の心配ごとや妊婦の話ばかりでは趣旨が外れてしまうかなぁという心配もあります。本当はリサイタルで取り上げる歌詞の内容や、その曲に対するアプローチなど、私なりの考えなどをもっと書かなくてはと思っているのですが、実際にうまく時間をやりくりできなかったことが原因です。
でも今月は時間的にもいつもより余裕がありますし、読んでくださる方が少しでも安心されるようでしたら、歌から少し外れたことでも定期的に書くようにいたしますね。


昨日はパーヴォ・ヤルヴィ指揮、フランクフルト放送交響楽団との練習がありました。
芸術的にも本当に深い意味と荘厳な響きを放つシュトラウスの「4つの最後の歌」を私にとっては夢のような方々と共演できることを幸せに思いながら、一言一言を噛み締めるように歌いました。素晴らしいオーケストラのトップの方達というのは、もちろん指揮者の音楽に合わせながら、ソリストがどう歌いたいのか、また何をどう表現しようとしているのかを聞き分けてくださり、楽譜やご自身の楽器にばかり集中するのでは無く、こちらの様子をうかがって一緒に呼吸をしてくださり、一緒に歌ってくださるのです。フランクフルト響の皆さまも、私の言葉やフレーズやブレスに合わせて、本当に音楽的に演奏してくださり、とても幸せなリハーサルを終えました。
私が参加する公演は4、5日のみですが、ヤルヴィ氏、フランクフルト響の皆様は連日の公演が続いております。皆さまのお近くにいらっしゃるときには、もしご興味がありましたら彼らの香り立つような音作りも、是非聴きにいらして頂ければと思います。

2008.06.02. Mon

ブラームス交響曲1&3 パーヴォヤルヴィ+フランクフルト放送響


今日は東京文化会館で行われた、パーヴォヤルヴィ+フランクフルト放送響のブラームスを聴きました。
マエストロの指揮は精巧で、かつ熱い魂の通った、色彩の豊富な素晴らしい演奏でした!!!
重厚感とPPの繊細な響きに至るまで、どの部分もひとりひとりが心を込めて演奏している様子が伝わって、聴いていても見ていても楽しめるコンサートでした。
お客様も大喜びでしたし、おなかの赤ちゃんもブラームスの1番が特に気に入ったようで、リズムに合わせてボンボンとおなかを蹴っておりました。
胸一杯の幸せに包まれながら。
おやすみなさい。

2008.06.09. Mon

パーヴォ・ヤルヴィ指揮+フランクフルト放送響「4つの最後の歌」


6/4サントリーホール、6/5愛知県芸術劇場にて、4つの最後の歌を歌わせて頂きました。
大編成のオーケストラにも関わらず、私の声量に合わせてPPを駆使してくださったり、言葉やブレスに合わせて本当に色彩豊かに、荘厳で深い4つの最後の歌を奏でてくださいました。


マエストロの音楽は精巧なのに熱い魂があり、ひとつひとつのフレーズを大切に歌わせるのに重くならず、繊細で小さな命の誕生を思わせるような、息をのむPPがあったかと思えば、大迫力スペクタルなFFでホールを鳴らし、お客さんを感動の渦に巻き込む、感動的な音楽でした。


抜け出せないようなつらい闘病や過酷な人生を、薄暗い穴ぐら(お墓)と例え、その穴ぐらの中で長い間、春の樹々と紺碧の空、春の香りと鳥のさえずる歌声を夢見て、解放を願い憧れる「春」、
どんな人生にも緑豊かに実りのある時期があり、夏の輝きとエネルギーに満ち、そしてその夏の夢のような姿も終焉を迎えることを、夏の庭が悲しく、花が悲しく冷たい雨に濡れ、夏は驚きながらも、静かに憩いながら、疲れたまぶたをゆっくりと閉じると歌う「9月」、
今や昼の明るさにも疲れ、星の輝く夜に憧れ、遊び疲れた幼子がぐっすりと休むかのように眠ってしまいたいと始まり、仕事をする手も思考も、そして体中の感覚や思いもゆっくりとまどろむことを望み(そして美しいヴァイオリン・ソロが深いまどろみへと誘い)、もう魂は束縛を受けることも無く自由に羽ばたき、今までの人生の何千倍も深く生きるために、夜の魔法の世界で漂うと歌う「眠りにつく時」、
(私の個人的な思いのうちには)身近で亡くなった方や先立った家族などのことが、歌詞の一言一言を歌っている間に走馬灯のように駆け抜け、そこにマエストロとフランクフルトの皆さんと共に「4つの最後の歌」という大作を、この年齢で、そしてこの時期に歌わせて頂けたという感動が相俟って、終曲の後奏では涙が溢れました。




昨日のお昼には秋葉原で恐ろしい事件が起きました。
日曜日の買い物客で賑わう歩行者天国に1台のトラックが猛スピードで突っ込み、3人の方をはねたあと、運転手が奇声を上げながら降りて来て、次々と人を刺し、7人の方が亡くなったということです。犯人は世の中が嫌になり、誰でも良かったと言っているそうですが、どうして全く関係のない方を巻き込むこういう事件が続くのでしょうか?
亡くなった方のご冥福を祈ると共に、攻撃的で残虐なこういう事件が無くなることを、祈っております。
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