メイン

3.猫や趣味のことなど アーカイブ


2007.04.09. Mon

私の心の支え!?

私が夜中まで勉強している時も、受験勉強のように暗譜している時も、そばで寝息を立てて、時々「ちゃんと勉強してる?」と言わんばかりに目を開けてこっちを見て、そして何よりずっとそばにいてくれるのが、私のお気に入りのブリューテちゃんです。
bluetezusammen

私がドイツに留学している時にブリューテたち(5つ子です)が産まれました。そのときに勉強していたリヒャルト・シュトラウスの、Du meines Herzens Krönelein(きみは私の心の小さな冠)という歌曲に「森に咲く花は自分の美しさを知らないけれど、そばを通りかかった人(見る人)の心を喜ばせる」というくだりがあって、その花にあたるのがブリューテで、私にとっては(親ばかですが)見ているだけで、そばにいるだけで本当に幸せな気持ちになれる、大切なブリューテちゃんです。
blueteDelphie

双子のデルフィーとは同じ格好で寝たりします。
何とも心の和む2人(!)なのです。

2007.05.03. Thu

かわいい寝顔1

今日はうちのデルフィーの、何とも心地良さそうな寝顔をご紹介します。

デルちゃんねんね1



いつもゆったり、のんびりのデルちゃんは、ちょっと(!?)ふっくらしていて、とっても優しい穏やかな性格です。

デルちゃんねんね2



デルちゃんと一緒にいると、こちらまでゆったりした気分になります。

デルちゃんねんね3

2007.05.04. Fri

かわいい寝顔2

ゴールデンウィーク、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
私は久しぶりにゆったりと過ごしております。
ブリューテちゃんも、いつも気持ち良さそうにお昼寝です。

ブリューテねんね


話しかけるとしっぽを振ってお返事してくれます。

2007.05.18. Fri

心に刻みたい言葉

皆さんは聖書を読む機会があるでしょうか?
私は大人になってからクリスチャンになり、それまではあまり目にすることの無かった聖書を読むようになりました。2000年以上も昔の言葉が、現代社会にも充分通用して、本当に驚かされるのですが、深いというか、まさにその通りで読み返すようにしています。
今日は旧約聖書の「シラ書」の中から抜粋してご紹介させてください。



<謙遜>
子よ、何事をなすにも柔和であれ。
お前に定められていること、それを熟慮せよ。
出来ないことには手を出すな。



<心のかたくなな者>
心のかたくなな者は晩年になって苦しむ。
危険を好む者は、それによって身を滅ぼす。
罪人は、罪に罪を重ねる。
賢者の心は、格言を思い巡らし、
知者の耳は、格言を熱心に聴く。



<誠実と自制>
自分の見解には確信を抱き、
発言には一貫性を持たせよ。
人の言葉には、速やかに耳を傾け、
答えるときには、ゆっくり時間をかけよ。
はっきりした見解があれば、隣人に答えよ。
さもなければ、口に手を当てて何も言うな。
名誉、不名誉も言葉しだい、
舌は身を滅ぼすもととなる。
陰口をたたく者と呼ばれるな。
舌で人を陥れるな。
盗人には辱めが、
二枚舌の者には激しい非難が浴びせられる。
大事にも小事にも細心の注意を払え。



友となるべきときに、裏切って敵となるな。
悪評が立ち、恥とそしりを受けるからだ。
自分勝手な思いで高ぶるな。
さもないと、暴れる雄牛のように力尽きる。
お前は葉を食い尽くし、実を台無しにし、
そして、自分自身を枯れ木のようにしてしまう。
激情は、これを抱く者を滅ぼし、
敵の物笑いの種とする。



<悪を行うな>
悪を行うな。そうすれば、悪はお前を襲わない。
不正から遠ざかれ。
そうすれば、不正がお前を避けるだろう。
不正の畑に種を蒔くな。
七倍の不正の実を刈り取るだけだ。
権力の座を、主に乞い求めるな。
過ちを二度繰り返すな。
一度の過ちでさえ、罰を免れないからだ。
心を痛めている人をあざ笑うな。
人を低め、かつ高める方がおられるのだから。
どんな偽りも口にしてはならない。
骨の折れる仕事を嫌ってはならない。
どこまでも謙遜であれ。
畏れを知らぬ者には、火と蛆の刑罰が下る。



<貧しい人と悲しむ人>
貧しい人に援助の手を差し伸べよ。
そうすれば、お前は豊かに祝福される。
生きとし生けるもの、すべてに恵みを施せ。
また、死者にも思いやりを示せ。
泣く人と共に泣き、悲しむ人と共に悲しめ。
病人を見舞うのをためらうな。
それによって、お前は愛されるようになる。
何事をなすにも、お前の人生の終わりを心に留めよ。
そうすれば、決して罪を犯すことはない。



<謙遜と誇り>
仕事をするとき、理屈をこねるな。
困っているとき、見栄を張るな。
働いて、すべてに満ち足りている人の方が、
パンを得る手だてを持たず、見栄を張っている人にまさる。
子よ、慎み深く、自らに誇りを持ち、
自分を、あるがままに、正しく評価せよ。
自分自身を汚す者を、だれが正しい人と認めてくれるだろうか。
自分自身を軽んじる者を、だれが重んじてくれるだろうか。
貧しい人は、その知識によって尊ばれ、
金持ちは、その富によって尊ばれる。
貧しくても尊ばれる人は、富を得れば、どれほど尊ばれるだろうか。
金持ちでも軽蔑される人は、貧しくなれば、どれほど軽蔑されるだろうか。





人は幸福なときには不幸を忘れ、
不幸なときには、幸福を思い出さない。

2007.05.31. Thu

アージュがんばって!

以前にブリューテとデルフィーという2匹の三毛猫をご紹介しましたが、今日はアージュをご紹介いたします。もっと元気でかわいいときにご紹介するべきなのですが、今はとても具合が悪く、ひどい貧血でご飯も食べられず、鼻から管を通して流動食をとっています。先日輸血もして、本来ならば元気になるはずなのですが、自分で血を作る力がなくなってしまっていて、見に行くたびに、もう動かなくなっているのでは。。。と心配でなりません。


ange1

猫などは、敵に襲われまいとする野生の習性か、本当に命に関わるような具合の悪い状態までは元気に振る舞うというか、人間のように「痛い」ともいいませんし、病気を初期症状で見つけるのは難しい場合があります。今回のアージュの場合もちょっとやせて元気がないようなので病院に連れて行くと、貧血だということがわかり、食べられるものを食べさせてくださいということで、大好きなお刺身などをむしゃむしゃ食べていたのですが、ぱたっと食べられなくなり、輸血、流動食に至っています。ほとんど動けなくなって、ふらふらなのに、ちゃんとおトイレに行ったり、人間だったら相当つらいはずなのに、人が来ると気を使ってごろごろ言ったりと、けなげでなりません。水も飲めなくて、口ものども相当ひどい状態だろうと思うのに、新鮮なお水が出ると知っている水道の蛇口の下に行っては、ニャーと鳴き、蛇口をひねると、ただ頭や首に水がかかるだけで、口を持っていく力もない姿に涙が出ます。


ange2


遊ぶのが大好きで、だっこが大好きで、もっと一緒に遊んであげれば良かった、もっと一緒にいてあげれば良かったと思っています。今はそばにいてあげる以外、もう何もしてあげられないのですが、早く元気になってくれればと思います。

2007.06.03. Sun

アージュの応援ありがとうございます

コメントを頂いた皆様には、アージュの応援を頂いてありがとうございます。
一時はお医者さまにも「覚悟しておいてください」といわれ、夜中に急患で注射などをしてもらったときもあるのですが、今日明日という峠はなんとか乗り越えました。
そばにいてただ、めそめそと泣いている私を励ますかのように、しっぽを振ってくれたり、喉をごろごろ鳴らして、じっと私の顔を見てくれるアージュですが、腎不全(もしかしたらがんかもしれないということです)とひどい貧血、口に潰瘍が出来て水も飲めず、血を作る力もないということで輸血をしたりという状態は変わらず、一向に改善する気配も無く、ただただ薬と流動食を吐かないようにそっと鼻から入れて、痛みからか、苦しさからかゆっくり眠れない様子をみていると、どうするのが一番彼にとって幸せなことなのか、考えてしまいます。
毎日獣医さんから帰ってくる度に、怖いのと車に酔うのか吐いてぐったりするのをみていると、検査をしたり、注射をしたりというのも、私が安心したいという独りよがりな、勝手な思いなのかなぁとも思うところです。
せめて口からご飯が食べられるようになってくれると嬉しいのですが。
まだ大好きなお刺身も食べられません。。。

2007.06.05. Tue

最近のお気に入り

たまたま本屋さんで見かけて、面白そうなので買ってみると、とてもためになるのでご紹介したいのが、ウエイン・W・ダイアー著、渡部昇一訳・解説(三笠書房)の
「頭のいい人」はシンプルに生きる(原題Pulling your own strings)という本です。


pullingyourownstrings


皆さんは人の思惑に左右されない「自由」を本当の意味で持っているでしょうか。「自分さえ我慢すれば」とか「仕方がない」と諦めていることはないでしょうか?でも少しの我慢は出来ても、続けているうちにはやっぱり耐えられなくなったり、ストレスがたまったりするのではないでしょうか。そんなだれにでも起こりそうな状況を打開する手段を載せているのがこの本です。導入部分を少しご紹介します。


(抜粋)自由というものは、誰かがお盆にのせてあなたの前に差し出してくれるようなものではない。自由は自分自身で作りあげなければならないものだ。自由とは、何ら邪魔されることなく、あなたの意のままにあなた自身の人生を送ることだ。
 とはいえ、自由になるということは、家族や仲間に対する責任から逃れることでは決してない。きちんと彼らへの責任を果たしながら、なおかつ自由でいる方法があるのだ。
 にもかかわらず、責任と自由とは両立しないという人が必ずいる。また、自由を望むのは「利己主義」だという人がいる。こういう人たちはたいていあなたの自由を、力ずくで押さえてしまおうと考えている人たちだ。
 古代の哲学者エピクテトスは自由について次のように言っている。
「自分自身の主人でないものは決して自由ではない」この言葉をじっくり読み返してほしい。
 しかし、自由になるためには、見るからにたくましく力強くなる必要もなければ、そういう力を用いて他人を服従させる必要もない。
 そうではなく、むしろ情緒が安定している人たちの中にこそ、世界で最も自由だと思われる人を見出すことができる。彼らは他人の気まぐれに左右されることを、ごく素直に、そして静かに拒否する。そしてそれがために、人生でコンスタントに実力を発揮することができるのである。。。




誰にでも「なりたい自分になれる強さ」があり、自分の強さも、自由を望むか望まないかも、自身の考え方、心の持ち方一つにあると説いています。自分自身の満足感を確かな物差しとして、心を鍛えてみたい方は、是非どうぞ!


動物好きの私としては、著者のこんな言葉にもうなずけました。


(抜粋)動物から学べること
ウォルト・ホイットマンは、『草の葉』の中で動物への愛を次のように鋭く表現している。


動物と共に生活できたらいいなと思う。彼らは落ち着いていて無口だ。
彼らは、自分たちの境遇について、悩んだり、泣き言を言ったリはしない。
彼らには、暗闇で眠れぬ夜はなく、罪に涙することもない。
誰も不満に思うことなく、誰も物欲に狂ったリはしない。
誰もこの地球上で恰好をつけたりするものはなく、また不幸なものもいない。


ホイットマンも言うように、動物は、とにかく、過ぎ去ったことに焦点を合わせて生きていくことはできないのだ。彼らは、美しい思い出を持つことは出来ないが、不必要に悩んだり、罪のなすり合いをすることもまたできないのである。。。


2007.06.13. Wed

アージュありがとう

12日夜、突然に様子が変わって、先ほどアージュは息を引き取りました。
最後の最後まで病気と闘って、一番苦しかったアージュが、おとといの仙台公演でアージのそばにいられない事にやきもきしていた私の帰りをちゃんと元気で待っていてくれて、昨日は病院に行って、先生にも母にも元気な様子を見せ、このまま治るのではないかしらと私たちに希望を与え、今日はシャンプーもしてきれいになって、ご機嫌そうにベットで寝ていたのですが、私が夕方3時間ほど出かけ、8時に帰宅すると力なくうつ伏せに眠るように倒れていました。死んでしまったのではと、心臓が止まりそうになって、そっと起こしてみるとまだ息があって、横にして私の手に顔を乗せて最後の時間を過ごしました。獣医さんに電話をして9時半に診てもらえる事になりました。そろそろ行こうと思っているときに、苦しそうにうなって、目の焦点が合わなくなり、首も座らなくなって、もう本当にさよならしなければならない事がわかりました。先生にどうするべきかとお電話すると「そのまま家で静かに見送るか、酸素ボンベなどをつけて延命措置を取るかは、判断に任せます」と仰ったので、後悔するのは嫌だったので、病院に連れて行きました。車に乗っているときも焦点の合わない目で私を一生懸命見つめて、病院に着いてベットに乗せたとたんに「もう十分だよ」と言うかのように、安らかにみんなに囲まれて最後を迎えました。「こんなに重い病気なのに、こんなにきれいに、安らかに眠れるなんて、本当に幸せだったのね。大好きな人の前ではいつもかっこ良くいたかったのね。本当に良くがんばった!」と先生にもいわれ、やっと苦しみから解放されて、安らかに眠れるのだと思うと、少し悲しみや寂しさも和らぎます。
アージュ、最後のときを一緒にいさせてくれてありがとう。
人間では耐えられないような痛みと苦しみだったのに、いつもかわいい顔で私たちと一緒に過ごしてくれて本当にありがとう。8年間のたくさんの楽しい思い出をありがとう!
まだ私はアージュのように強くなれませんが、少しずつあなたを見習ってがんばります。

2007.06.17. Sun

たくさんの温かいお言葉ありがとうございます

アージュのために、そして私のために皆さまから素晴らしい言葉をたくさん頂き、深謝いたします。
私自身、現実を直視できず、このまま良くなって元気になる!と思っていたので、突然のお別れはとても悲しいものでした。「もっと早く気づいていてあげれば」とか「他のお医者さんに診せれば、また違った治療法があったのでは」とか「吐いてしまうからと様子を見ながら少しずつしかあげられなかったご飯の量が、やはり少なすぎたのでは」とか、もう思っても仕方のない事ばかり、未だに思い続けています。
でもアージュの方は私に気を使って、その後の静岡、大阪、九州公演で、また私がアージュの事が心配で眠れなくなったりしないようにと、私が東京にいる日を選んで、そして最後まで私のそばにいて、ちゃんとお別れをさせてくれました。
アージュが亡くなって次の日は静岡公演でしたが、1曲目から天使の糧(アージュの名前は天使という意味)でしたし、2曲目はレクイエム(死者のためのミサ曲)で永遠の安息を神様にお願いする歌でしたし、4つの最後の歌は死を静かに迎える歌でしたし、マタイやヨハネ受難曲のアリアも、罪もないイエスが亡くなると歌うものでしたので、アージュの最期と重なって、必死に涙をこらえる公演となりました。舞台に上がるまでは本当に悲しくて、ちゃんと皆さまの前で歌いきれるのだろうかと心配だったのですが、温かい拍手を頂いて、そして悲しんでばかりいてもアージュは喜ばないだろうという思いで歌ううちに、元気になって、無事に舞台を終える事が出来ました。
今は、いつもいた場所にアージュがいない、という事がさびしいです。目をつぶるとそこにアージュが座って尻尾を振ってくれていたのが、昨日の事のように思い出されます。皆さんの仰る通り、私の心の中にずっとアージュは生き続けるでしょう。ずっと鮮明に覚え続けられればと思います。時間と共に記憶が薄れていかないように、そっと繰り返し思い出しながら、心の中でアージュに話しかけて、ごめんねとありがとうをこれからもずっと言いたいと思います。

2007.07.21. Sat

心に響く言葉と今日の出来事

以前にシラ書の言葉をご紹介しましたが、今日は新約聖書から2文と、私の大好きなオグ・マンディーノ著の抜粋をご紹介します。


あなたたちは

人からしてもらいたいと思うとおりに

人にもしてあげなさい。(ルカ6・31)

Treat others as you would like people to treat you. (Luke 6.31)



明日のことまで

思い悩む必要はありません。

その日の苦労は

その日だけで十分です。(マタイ6・34)

Don’t worry about tomorrow.

Each day has enough trouble of its own. (Matthew 6.34)





これからの人生、2度と私を困らせない日が2日ある。

1日は、失敗と涙に彩られ、たくさんの具行や敗北を引き連れた昨日。

昨日はわたしの手の届かないところに永遠に過ぎ去ってしまったのです。

もう1日は、落とし穴や脅威や危険が待ちかまえている未知の明日。

明日は私とは一切関係がありません。なぜなら、まだ生まれていないのだから。

自分のすべての努力とエネルギーを注げる今日というこの日のみ、私は神の助けを借りて勝利を収めることが出来るのです!



味方や敵、家族や他人の区別なく、すべての人を自分があがなってもらいたいように扱います。



感情に振り回されずに言動を慎み、愚かにも、人の揚げ足を取ったり、人を侮辱したりすることがないように気をつけます。



どんな高尚な人生にも、どんなみすぼらしい人生にも、人にはわからない苦悩があることを理解し、人の悲しみや葛藤に気を配り、痛みを分かち合います。

人生の報酬は常に私の生き方次第で決まることを肝に銘じて起きます。

仕事や遊びや家事の区別なく、自分に期待されている以上のことをするように心がけます。

最善を尽くす義務だけがあるということを理解し、自分に出来る範囲で最善を尽くします。



忍耐を持ってコツコツ努力すれば、名誉がそう遠くないところに待ち受けているように、あせることなく、
勇敢に進めば、成功に至る道はそう遠くはないことを心に刻み付けます。



より明るい明日を信じ続けます。というのも、大きな音で長時間、門をノックし続ければ、きっと誰かが目覚めてくれるのを知っているからです。



成功がつねに代価を要求すること、また、成功の喜びや報酬とそれを達成するために手放さなければならない貴重な人生の断片とのバランスを上手に取る必要があることを、折にふれて思い出します。



どんなに楽しい成功や幸運よりも自分自身について多くのことを教えてくれる逆境を友として抱きしめます。



失敗はもし起こったとしても、成功への導きに他ならないことを覚えておきます。

あらゆる経験は、過ちを回避するための学習を含んでいるのです。



たとえ少なくても、自分が持っているものに感謝します。



自分の価値を高めるために、時間とエネルギーを注がなければならないことを覚えておきます。

なぜなら、向こうから成功がやってくるのをただ手をこまねいて空しく待っているのは、愚か者だけだからです。

頂上に登りつめる唯一のチャンスは、努力することにあることを私は知っています。



他人にしてもらいことを他人にし、つねに期待されている以上のことをし、目標をしっかり定め、自分の夢を大切に抱き続け、振りかかってくるあらゆる逆境を学びのチャンスとし、すべての義務と愛を持って果たし、
何よりも自分自身であり続けるよう努力します。



オグ・マンディーノ著 「この世で一番の贈り物より」

Og Mandino “The Return of the Ragpicker”





一瞬一瞬を大切にしなさい。

一瞬一瞬が人を一人前にしていきます。



この世で一番重要な資産は情熱です。情熱はお金、力、影響力に勝る財産です。

人に頼ることなく、何かに熱中している人は絶対の自信を持ち、他の多くの人ならとても心躍らせそうにない関心にじっと目を注ぎます。情熱は、敵のとりでを攻撃し、偏見や反対を踏み潰し、怠け心をけとばし、
なだれのようにすべての障害を制圧し、飲み込んでしまいます。

熱中とはまさしく自分の行動に対する信念に他なりません。



毎朝、晴れやかな笑顔で目覚めることが出来ますように。

その日に訪れてくれるチャンスに敬意を払えますように。

清い心で仕事に取り組むことが出来ますように。

小さなことを実行するときにも、究極の目標を心に抱いて、つねに全力を尽くせますように。

唇に笑いを浮かべ、心に愛を持って人と出会うこと。いつも人に優しく、親切で、礼儀正しく出来ますように。



苦しみや、ふとした瞬間に駆られる激情から逃れられますように。

心がある限り、貧者も富者も同じであるということを忘れませんように。

世間が自分の存在に気づいてくれなくても、自分に嫌気をさすような考えを抱いたり、行動をとったりしませんように。

地面から目を上げて、星を見上げるのを忘れませんように。



人を批判する前に、自分のことを振り返れますように。

世の中の騒がしさから離れて、自分の道を静かに歩めますように。

私が、老いたり、病弱になり、夢の城が見えなくなっても、人生に、そして楽しく心地よい時代の懐かしき記憶に感謝すべきことを私に気づかせてください。

たそがれ時にもずっと優しい気持ちでいられますように。



オグ・マンディーノ著 「この世で一番のメッセージ」

Og Mandino “The Greatest Mystery in the World”







読み返すために、何て素敵な言葉なんだろうと思います。皆さまにも気に入って頂ける一文がある良いのですが。長々とお読み頂きありがとうございます。


今日の出来事
車を運転していると、道の真ん中に鳩が2羽いて、車が来ても全く動かなかったので、危うくひきそうになりました。その帰りに車の多い大きな通りで、猫が全速力で走ってきて、私の車の前を横切りました。なんとか急ブレーキをかけて間逃れましたが、こちらも本当に危ないところでした。
3度目の正直にならないようにと、家まで、それはそれは慎重に運転しましたが、間一髪、彼らを救ってくださり、神様に感謝です。

久しぶりにうちの猫のこと

音楽と共に動物が大好きな方から、たくさんのコメントを頂いております。
皆さんのかわいい家族たちのお話を聞くと、たくさんの方が動物を愛し、可愛がってくれているのだとわかり、とても嬉しくなります。
今日は久しぶりにうちの猫をご紹介したいと思います。
うちの一番のちび、ジルくん。彼は私がワシントンでアンナ・ネトレプコと共にジルダを歌っているときに、母が道に一人でいる小さな小さなジルくんに出会い、ご飯をあげるようになって、寒い時期だったのでうちで飼うことになった、元のらちゃんです。
Gil

ちょうど同じ頃にうちで生まれた兄妹が4匹いて、そのお母さんと子供たちと共に育てることにしたのですが、多分ジルくんの本当のお母さんは、ジルくんが本当に小さなときにはぐれてしまったか、毛繕い(猫の特性ともいえますが、自分で自分の毛をなめてきれいにする)が出来ないのです(毛繕いは小さなときにお母さんがしてあげないと、覚えないようです)。
ですから、他の猫たちがさらさらつやつやなのに比べて、ジルくんはちょっとシャンプーが必要です!でもシャンプーもブラッシングも嫌いなので、大騒ぎで逃げられてしまうことが多いのです。。。

気にかかるのは、自分が一番後に来たからなのか、いつも遠慮がちなのです。もっと小さな頃は他の強いお兄ちゃんたちとけんかをしていましたが(耳を立てて、斜めに構えてけんかをするので「ジルくん斜めにならないの!」と良く叱ったものでした)最近はすっかりおとなしくて、ご飯を食べる時もみんなが食べるのを待って、大人になったというか、少し寂しい気もします。

でも私がだっこをすると、小さい頃と変わらず甘えたり、いやだー!と自己主張をしたり、やっぱりちびちゃんだね、とかわいらしいところも見せてくれる我が家の末っ子です。

2007.07.22. Sun

うちの猫のこと2

こんにちは。皆さんは素敵な日曜日をおすごしでしょうか。
今日は我が家の長男2匹をご紹介します。
まずグリちゃん。Grigio(グリージョ)という名前ですが、グリちゃんと呼ばれています。
すごく優しくて、面倒見が良くて、あとから来る猫をみんな、お母さんのように可愛がって育ててあげるので、誰もが慕っています。性格もとっても穏やかで、一度も怒ったり、けんかをしているのを見たことがありません。最近は歯が悪くなってきて、ご飯のお皿から手でちょっとすくっては、口に持って行って食べるのが、何とも面白いです。

grigio

それからグリちゃんの兄弟のカーくん。Calze(カルツェ)(白い靴下をはいているようなので)という名前ですが、カーくんと呼ばれています。
カーくんは小さい時から何でも率先して冒険してみる男の子で、グリちゃんとは全く違う性格でした。実はもう1匹真っ黒のヴィータという猫がいたのですが、その子が外に出たまま帰ってこなくなり、2匹だけの兄弟になってしまいました。

calze

他の猫たちよりずっと先輩なので(5歳くらい上です)カーくんがずっとみんなのリーダーのように強かったのですが、先日亡くなったアージュやアージュの兄弟たちが強くなってきて、今ではすっかりおとなしいカーくんです。でも今でも遊ぶのが大好きで、目をまんまるにして、嬉しそうにはしゃいでいます。

calze1

ず〜っと長生きしてもらいたいかわいい2匹です。

2007.08.04. Sat

うちの猫のこと


mignon

今日はミーニョン(アージュの兄妹です)をご紹介します。
本当はとっても甘えん坊さんなのですが、強いお兄ちゃんたちがママや私の近くを陣取っているので、引っ込み思案で、いつもちょっと離れたところからこちらを見つめている、我が家の美人です。「ミーニョン美人ね〜」というと、恥ずかしそうに隠れてしまいます。(猫に美人と言っている私も変ですが。。。)
アージュと全く同じ種類なので、しっぽだけが見えたりすると、ドキッとします。
昨日は動物のための救急医療センターなる立派な病院ができたというニュースも聞いて、アージュもそういうところにいけば、助かったのかしら。。。などと思ってため息をついておりました。
アージュの分も、元気に長生きしてくれればと思っています。

2007.10.20. Sat

ジルくんありがとう!

晴れやかな秋空が広がっておりますが、皆さまお元気でいらっしゃいますか?
今日は、また悲しいお知らせをしなければなりません。
以前にご紹介した、うちの猫の一番ちびのジルくんが、18日の朝早くに天国へ旅立ちました。6月にはアージュという猫が旅立ってばかりで、やっとその悲しみから少し立ち直りかけていたところだったのですが、同じ病気(腎不全)で亡くなったので、我が家では悲しみもいっそう深まっています。
アージュと全く同じで、以前からお口の中に口内炎などがあり、食べると痛そうにすることがたまにあったので、病院にも通っていたのですが、その口内炎というのが、猫の場合は複雑な病気と関わり合っていることが多いらしく、うちの場合にはご飯が全く食べられなくなって、そのあと1週間くらいであっという間に体重も激減し、骨が目立って、ふっくらしたかわいい姿がげっそりしていまい、なんともかわいそうな最期なのです。
血液検査などをするとすぐにわかるのですが、BUNという数値が300を超えてしまい、平均的な数値の10倍以上になり、アージュのときも今回も全く同じでした。
先生には「この数値が300を超えているのに(普通では生きていられない程なのに)こんなにもがんばっている」とアージュのときには言われて、飼い主の希望的思いから「このまま奇跡が起きて治るのでは」と期待もしていたのですが、ジルくんのときにはその数値もさらに上がって400近くになってしまいましたし、アージュのときよりもさらに元気が無く、体もやせてしまったので、どうしてもお別れしなければならないことは2日前程にわかりました。
でも悔いを残したくなかったので、うちの横綱級のお兄ちゃん猫から輸血をしたり、点滴にもずっと通って、母と交代で寝ないでずっと看病をして、最後まであきらめずにいました。

17日の朝はその前の晩から私のおなかの上でずっと寝ていて、朝病院に行く前はとてもよい天気だったのでベランダに少し出てひなたぼっこをして、そのあと自分でちゃんと歩いてハウスに戻って(猫のすごいのは、ふらふらで倒れながらも、自分でちゃんとトイレに行ったり、座りたいところなどに移動するのです)そのあと病院に連れて行きました。
点滴は夕方まででしたが、母はなんとか元気になるようにと祈りながら、何も手につかず家でそわそわとしていたそうです。私はその日は雑誌や新聞の取材や撮影があり、夜まで戻れなかったので、心配しながら一日を過ごしておりました。
その前の日までは元気はなくとも、尻尾を振って返事をしてくれたり、たまにはニャーと声を出してくれたりしていましたが、病院から帰って来てからは、いよいよぐったりして、ほとんど動かないので、そのまま死んでしまうのではと、母はずっと泣いていたそうです。
でもちゃんと私が戻るまで待っていてくれて、私がだっこするとちゃんと嬉しそうにして、もうほとんど目も開けっ放しで焦点も定まっていなかったのですが、注射器の針の無いものでお水をあげたり、流動食のようなものを口に含ませたりしておりました。
日付が変わって最後の2時間くらいはほとんど動かないので、息をしているか確認しながら、温めるために私のおなかに乗せて、ずっと話しかけながら、母と私と他のお兄ちゃんたちに見守られながらの最期でした。
ジルくんは赤ちゃんのときに母猫とはぐれたのか、ひとりぼっちののらちゃんでした。縁があってうちにくることになり、でも本当の兄弟やお母さんがいないのでいつも遠慮がちで、思えばたくさんの強いお兄ちゃんたちに囲まれてストレスもあったのかもしれません。
こっそり一人でだっこが大好きで、私が実家に行ったときには良くだっこをして、そのときばかりはおとなしく顔を掃除させてくれたり、なでさせてくれました。
この夏はしばらく私のところで預かっていたので、元気でむしゃむしゃおいしいお刺身などを食べ、気持ち良さそうに私の隣で寝ていたジルくんとの思い出も昨日のように思い出せます。
ジルくん、いつもかわいいくて、私たちを楽しませてくれてありがとう。これからはアージュと一緒に自由に好きなところで遊んで、そして私たちのそばにいてください。

gilarigatou

読んでくださった方へ。長文をお読みくださりありがとうございました。
もしお家にかわいい家族を飼っていらっしゃるとしたら、どうか元気なうちにたくさん可愛がって、素敵な思い出をたくさん作ってください。
そして動物たちは、本当にひどくなるまで全く表に出さずに我慢してしまうので、定期的な健康チェック(血液検査やワクチンなども含めて)をしてあげて、アージュやジルくんのような重い病気にかからないようにしてあげてください。

2008.02.20. Wed

プリンツくんとベーさんの事

皆さま、本当に素晴らしいコメントを頂き、心より御礼申し上げます。
どのコメントもわたしの心に響く、温かなもので、おかげさまで少しずつプリンツくんの事も受け入れられるようになってきました。
とても臆病だったプリンツくんが最期のときには母やわたしの事を呼んだのだろうと思うと、その場にいられなかった事は本当に心惜しいですが、もし私たちの知らない病気などで、どうしても旅立たなければならなかったのなら、きっと大嫌いな獣医さんに行く事も無く、パッと旅立って、とても潔い生き方だったのだと思います。
まだプリンツくんの小さな頃の写真や、いままでの思い出などをブログに書くことは出来ませんが、もう少ししたら楽しい思い出として、皆さんにも読んで頂きたいです。


皆さんの仰るように、家族の一員との別れは誰にとっても悲しいものですが、地上に残された私たちがめそめそ悲しんでばかりでは、彼らも天国で楽しく駆け回ることができないのですね。
わたしは生まれた頃から、いつも動物たちに囲まれていて、犬や猫だけでなく、小鳥も金魚もメダカも飼っていました。思えば一人っ子だった私にとっては、話し相手であり兄弟であり、友達のような存在であったのかもしれません。小さい頃は愛犬が亡くなったとき、母と1週間以上泣き続けて、一杯お手紙を書いてたりしてお墓に供えたりしました。それからもいつもつらいお別れには慣れる事はありませんでしたが、彼らのおかげでたくさんの愛情を学びましたし、大切な家族との別れのつらさや、悲しみ、そして感謝という感情も幼い頃から学んだ気がします。


まだ歌をはじめて間もない頃、あるヨーロッパの先生に歌を聴いて頂く機会があり、その先生はわたしの歌を聴いて涙を流されました。先生は、どうして私などの歌をはじめたばかりで、まだ声も出来上がっていないし発音だって発展途上のものが、ご自身の国の歌曲を歌って涙が出るのだろうと不思議に思われて、私に「何を思って歌っているのですか?」と質問されました。私は迷いも無く「家に飼っている動物を思って歌っています」といったら今度は大笑いをされたのを覚えています。
でも歌を歌うときに、その歌詞の表現に共感できたり、実感がわかなければ、やはり上辺のものとなってしまいがちなので、私にとっては動物たちとの思い出は、人生を楽しくし、歌を表現するという意味でも、大きな意味をなすものとなっています。
やはり動物と暮らすという事は素晴らしいですね。ひとり、一動物という時代が来る事を願ってやみません。そうすれば捨てられる犬や猫も減って、ひとりで悲しい思いをしている人も動物と楽しい時間を共有できて、みんながもっと幸せに暮らせるようになるでしょうに。




ベーさんについて
今から10日前頃でしょうか(コメント頂いた方の中にもこの番組をご覧になってご報告を頂きましたが)韓国出身の素晴らしいテノール、ベーさんが甲状腺がんを手術されて、始めは1ヶ月程で復帰する予定でしたが、実際にのどを開けてみると声帯(咽頭の上部にあって、閉じたり開いたりする左右1対の白いひだ状のもので、その隙間に空気を通して、振動によって声が出ます)にまでがんが広がり、周りの大切な神経も手術のために傷つけてしまって、歌う事が困難になってしまい、それを克服しようとがんばっている姿が、ドキュメンタリーとして放送されました。
ベーさんは、ミラノのコンセルヴァトーリオ(国立音楽院)や、コンクールなどでもご一緒した事がある先輩で、他の韓国出身の歌手の方とともに良く知っている仲間でした。
いつも楽しくわいわいと賑やかにご飯を食べたり、授業を受けたり。でも歌となるとみんなものすごく真剣で集中していました。ベーさんの事で特に思い出すのは、ドイツでのコンクールで朝11時に歌わなければならなかった時、「今日は朝5時から起きて体を起こそうと色々やったけど、やっぱり朝の声だ!」と、ご自身では納得いかないのか険しい面持ちでしたが、3大テノールにも負けず劣らずのすごい声で歌われて、これで調子が良かったらどうなるのかと、みんなで話したのを良く覚えています。
その頃の仲間は本当に素晴らしい方ばかりで、今もほとんどがヨーロッパの歌劇場で歌っていらっしゃいますが、日本人の私をまるでずっと昔からの友達のように、いつも温かく迎えてくれて、イタリア留学の貴重な楽しい思い出のひとつです。
そんな良く知っている仲間が、大変な状況と戦っているというのをテレビで知り、凍り付くような思いでした。


歌手にとって声が出ないという事は、一般の方には想像もできないくらい悲しい事で、生きる意味を失うというか、自分の存在価値を否定したくなるような、そんな思いなのです。
ましてやベーさんのような将来を嘱望されて、名実共に登り坂の時でしたら、なおさらそのつらさは計り知れないのではと思います。
彼のもとにくだされた運命は、彼にとって大きな障害となったのは確かですが、それを超えられる人、超えて新たなものをつかむ事の出来る人にだけ試練を与えられる神の下で、元々努力家で、根性も人一倍強いベーさんが、また私たちに素晴らしい歌声を聞かせてくれる日もきっと近いものと信じています。
運命の恐ろしさを感じながら、自分にとっても、健康で歌が歌えるという事の有り難さを改めて痛感させられる番組でした。

2008.06.01. Sun

うちの猫のこと

おはようございます。今日は久しぶりに晴れやかな青空で、とても気分のいい日曜日です。
中にはご心配頂いておられた方もあり、大変申し訳ありませんでしたが、ブログの更新がずっと遅れてしまったのには少し訳がありまして。。。
まずひとつは、家で飼っている猫のデルフィが、昨年天国へ逝ってしまったアージュやジルくんと同じ腎臓病で、ずっと看病をしているのです。腎臓の病気は進行を遅らせることは出来ても、治すことの出来ないもので、心配しながら看病しております。私がそばにいて声をかけてあげたり、なでてあげたりすればご飯もなんとか食べるのですが、ひとりではご飯も食べないようで、このところ体重も減ったり、血液検査などの数値も上がっていたりと、ちょっと心配が重なっておりました。
もうひとつは赤ちゃんのために、より健康的な(?)毎日を過ごさなければならなくなったこと。今までは夜かなり遅くまで起きてブログも更新できましたし、お料理や体作りも自分のペースでしたが、今は出来るだけ胎児に良いこと、母体として心がけることなどを率先していると、なかなかブログに集中できないことも理由でした。
もうひとつは、このブログは歌手として、歌のことを中心に皆さまに日頃感じることをお伝えしたいと思っているのに、猫の心配ごとや妊婦の話ばかりでは趣旨が外れてしまうかなぁという心配もあります。本当はリサイタルで取り上げる歌詞の内容や、その曲に対するアプローチなど、私なりの考えなどをもっと書かなくてはと思っているのですが、実際にうまく時間をやりくりできなかったことが原因です。
でも今月は時間的にもいつもより余裕がありますし、読んでくださる方が少しでも安心されるようでしたら、歌から少し外れたことでも定期的に書くようにいたしますね。


昨日はパーヴォ・ヤルヴィ指揮、フランクフルト放送交響楽団との練習がありました。
芸術的にも本当に深い意味と荘厳な響きを放つシュトラウスの「4つの最後の歌」を私にとっては夢のような方々と共演できることを幸せに思いながら、一言一言を噛み締めるように歌いました。素晴らしいオーケストラのトップの方達というのは、もちろん指揮者の音楽に合わせながら、ソリストがどう歌いたいのか、また何をどう表現しようとしているのかを聞き分けてくださり、楽譜やご自身の楽器にばかり集中するのでは無く、こちらの様子をうかがって一緒に呼吸をしてくださり、一緒に歌ってくださるのです。フランクフルト響の皆さまも、私の言葉やフレーズやブレスに合わせて、本当に音楽的に演奏してくださり、とても幸せなリハーサルを終えました。
私が参加する公演は4、5日のみですが、ヤルヴィ氏、フランクフルト響の皆様は連日の公演が続いております。皆さまのお近くにいらっしゃるときには、もしご興味がありましたら彼らの香り立つような音作りも、是非聴きにいらして頂ければと思います。

2008.07.24. Thu

また悲しいお知らせです

猛暑が続いておりますが、皆さまはお元気でお過ごしでいらっしゃいますか?
私の方は先日北海道の旭川にリサイタルに参り、その際には少しですが美しい富良野のお花畑や、動物園も見ることができたので、楽しいご報告をしようと思っておりましたが、実は、20日にポニーという実家で飼っている猫が急に亡くなり(また腎不全でした)、母も相当落ち込んでしまっておりまして、また改めてリサイタルなどのご報告はさせて頂きます。


20日の前日は横須賀でリサイタルがあり、その日ポニーが食欲もなく、元気がないということで、母が一人で病院に連れて行って検査をすると、かなり進行した腎不全ということがわかりました。


20日の朝は私も一緒に病院へ行きました。連れて行くときには見たこともない程やつれてしまっていて、目に力が無く、先生も「今日点滴をしている間にだめかもしれない」と言われ、母はかなり動揺して、点滴の間ずっと病院で待っておりました。


私が点滴が終わる頃に迎えに行くと、ポニーはずいぶん元気になって、点滴の間にはご飯も食べられたそうで、帰る間は車の中でニャーニャーと「私がんばったのよ!」と報告してくれるかのように鳴いており、元気になってよかったね、と話しておりました。


家に帰ってからは、もちろん動き回れる程ではありませんでしたが、自分からミルクを飲もうとしたり、母があげたご飯を少しですが食べたりもしていたので、明日も会えるとばかり思って私は自分の家に帰ってしまいました。


母はずっとつきっきりだったのですが、夜になって様子が急変して、けいれんを起こし、そのままどうも動かないと電話がありました。私もこんな体なので、実家に駆けつけることができず、最期を一緒に過ごしてあげられなかったことがとても残念です。


10日程前にポニーに会ったときにはいつもと変わる様子も無く、昨年の12月に血液検査をしたときには正常な範囲でしたので、まさかこの8ヶ月の間にそんなに病気が進行している状態だとは夢にも思いませんでした。「たった2日で変わり果ててしまって。。。」と母は落ち込むばかりで、煩うのも辛いですが、あっという間にお別れをしなければならないことも辛いですね。


うちの猫たちはみんなのらちゃんや、親がのらちゃん、また飼えなくなったからという理由で頂いたりした猫たちばかりなのですが、かなり多くの子が一般より早い時期に腎不全にかかってしまい、悲しいご報告ばかりが続いております。


ポニーは、うちでお産もして子供が4人おりまして、その子たちを大切に育てた優しいママでした。いつも子供たちに囲まれて良く面倒をみていましたし、子供にも慕われて仲良し親子でしたので、そう言う点では幸せだったかもしれません。
可愛いくて、優しいポニーちゃん、安らかに眠ってください。

2008.11.14. Fri

新しいオペラ+グリちゃんありがとう!

秋晴れの気持ちのいいお天気ですが、皆さまにはいかがお過ごしでいらっしゃいますか?
最近はレオのことを中心にご報告が続きましたが、来年に向けて新しいオペラ出演のご報告をいたします。
来年2月から4月にかけて錦織健さんのプロデュースで「愛の妙薬」に出演することはもう発表されておりますが、引き続き5月にはバッハ・コレギウム・ジャパンの鈴木雅明先生指揮で、モンテヴェルディの「ポッペアの戴冠」にポッペア役で出演いたします。その後8月にはイギリスのエディンバラ音楽祭にて「リナルド」のアルミレーナ役、11月には北とぴあにて寺神戸亮先生指揮で、グルックの「メッカの巡礼」に出演します。まだ公式には発表されておりませんが(嬉しいお知らせなので、皆さまだけにお知らせいたします!)2010年にはトリノ王立歌劇場に(皆さまにおなじみの役で!?)出演が予定されています。また正式に発表できる段階になりましたら詳細をお知らせいたします。


悲しいお知らせもしなければなりません。
昨日グリちゃん(グリージョという13歳の猫でした)がまた天国へ旅立ちました。
アージュ、ジル、ポニーと同じく腎臓が悪くなり、歯も悪くなって最後は自分では食べられなくなり、ふっくら可愛かった姿がすっかりやせてしまって、かわいそうな最期でした。それでも一生懸命病気と闘って、毎日のように点滴に通い、最後の3日間はずっと危篤状態だったのですが、自分の足で歩こうとしたり、水を飲んだり、トイレに行こうとしたり、最後まで人間では考えられない程しっかりしておりました。
グリちゃんはみんなにとっても慕われていて(男の子なのですが、そのあとに産まれた子猫たちをまるで母親のようになめてあげたり、しっぽで遊んであげたり、中には出ないのにおっぱいを吸わせて育てた猫もいて、大きくなった今もグリちゃんにくっついて「チュッチュ」としている子もいるくらいでした。とても優しくて、いやだと威嚇したりなど全くしないので、どの猫からも好かれて頼られていました。そんなグリちゃんも自分自身はとても甘えん坊で、「グリちゃ〜ん」と声をかけると「ゴロン」とひっくり返っておなかを出し、可愛いポーズをとるのがいつもの癖でした。
同じ病気でこの1−2年のうちに立て続けに亡くなっているので、様子を見ていると「もう長くはないなぁ」とか「あと数日だなぁ」とか覚悟をせざるを得なくて、少し冷静に最期を見送れる自分が、なんだか以前よりも冷たくなってしまったのかと思う程ですが、最後の3日間は母と共にずっとつきっきりで看病できたのがせめてもの救いです。
グリちゃん、天国で先に逝っているみんなと楽しく過ごしていてくださいね。
たくさんの思い出を本当にありがとう!!!!!

2009.01.24. Sat

ムンメルが天国に旅立ちました

いつもブログを読んでくださり、そして温かいコメントを頂き、本当にありがとうございます。
皆さまにはいかがお過ごしでいらっしゃいますか?
私の方はまた悲しいお知らせをしなければなりません。
うちで飼っているブリューテやデルフィという猫の兄弟のムンメルが今朝天国へ旅立ちました。
ムンメルは私の母の特にお気に入りの猫で、出来の悪い息子程可愛いという言葉がありますが、小さい頃からぼーっとして2階から落ちて骨折をしたり、気が弱いので後から来た猫などにもいじめられていたちょっと弱虫くんでしたが、少し間抜けなところなどが可愛いくて愛おしい性格の猫でした。先日のグリージョと同じ、また腎臓の病気で、ずっとお医者様にもかかっていたのですが、9歳を目前にして早々と逝ってしまいました。他の猫たちと同じようにご飯が食べれなくなって、お水も自分では飲めなくなって、やせてふらふらとしか歩けなくなり、腎臓病で先に逝ってしまう猫も5匹目なので、大体のことが先に予測できてしまい、本当に淋しい限りです。
腎臓は治すことができないので、点滴やお薬で進行を遅らす以外には何もしてあげられない事にも飼い主として、とてもふがいない思いで一杯です。。。
可愛い可愛いムンメル、たくさんの思い出をありがとう。そして安らかに眠って、天国に先に逝っている仲間たちと楽しく遊んでいてください。

2009.01.25. Sun

早速のコメントありがとうございます

こうしてブログを通して、皆さまに励まして頂いたり、勇気を頂いたりしながらムンメルとの悲しいお別れも乗り越えられそうです。本当にありがとうございます。
今日は清々しい快晴ですが、皆さまには素敵な日曜日をお過ごしでいらっしゃいますか?
私の方は愛の妙薬の暗譜もやっと出来て来て(胸を撫で下ろしつつ。。)毎日のお稽古を楽しみに通っております。愛の妙薬の音楽が楽しくて私たちを和ませてくれるのか、稽古場の雰囲気もとっても良くて、歌い演じることの楽しみを実感しながら稽古をさせて頂いております。公演までに、それぞれの役柄と共演者のお人柄についてなど、また書き込みますね。
それから、テレビなどの放送について以前にご指摘頂きましたが、大変申し訳ありませんでした。私の方も放送予定を知らせれておらず、女神の食卓や、先日のジルベスターの模様が舞台裏やインタビューなどを交えて別の番組で放送されたものなど、見逃してしまいました。。。
今後は気をつけて、少しでも早くお伝えできるようにいたしますね。
そろそろお稽古の支度をしなくては。。
またご報告いたします!素敵な一日を!!

2010.01.01. Fri

謹んで新春のお慶びを申し上げます


謹んで新春のお慶びを申し上げます
旧年中は大変お世話になり、深謝いたします。
皆様のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
本年もご支援ご指導の程、宜しくお願い申し上げます。
2010年1月1日   森 麻季

Copyright © Maki Mori

Design and Developer by
SHAFT K.K.